第8話 ファンタジー猫
「よし。これくらいかな」
私はタオルで汗を拭って一息ついた。
近くに転がっていた倒木に腰かけ、ファザール村で買った干し肉をかじりながら畑を眺める。
ちゃんと芽が出るのか不安だけれど、まあ、そこはトライ&エラーでやっていくしかない。時間だけは腐るほどあるのだから。
その時、ふと誰かの視線を感じた。
咄嗟に振り返ると、背後の森から何者かがこちらを見つめていることに気づく。
「か、可愛い……!」
そこにいたのは、白い子猫だった。
もしかして、昨日肉じゃがを食べている時に感じた視線もあの子のものだったのだろうか? どうしたの? ウチの子になりたいの? いいよいいよ、大歓迎。
「こっちにおいで」
私は手を差し出して子猫を呼んでみた。
でもなかなか来てくれない。警戒されているらしい。
そこで私は秘密兵器を利用することにした。
干し肉で釣る――のはよくないかもしれない。
固さと塩味が猫の身体には合わないからだ。
そこで私は、いったん工房に戻ってさっき茹でた肉の残りを持ってきた。それを細かく千切り、手でつまんで子猫にアピールする。
「ほーら、美味しいお肉だよ~? いい匂いがするよ~? 食べないと損――あっ!」
まさに一瞬の出来事だった。
韋駄天のごとき速度で近づいてきたかと思ったら、私の意識が及ぶ前に肉を掻っ攫ってしまった。子猫はそのまま森の中へと猛ダッシュで逃げていく。
「あ、あああああっ……」
なんてすばしっこいんだ。野生動物ってすごい。
まあ、エサがもらえると分かればまた来てくれるはずだ。
私は頬が緩むのを自覚しながら工房に戻っていくのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
それから子猫はちょくちょく姿を現すようになった。
畑で水やりをしていると、「にゃー」というもの欲しそうな鳴き声が聞こえてくるのである。そのたびに私はファザール村で買ってきた肉などを与えた。
3日もすれば慣れてきたのか、子猫は私の目の前で一心不乱にエサを食べている。
触ってもいいだろうか……いやいや駄目だ。
人には人の、猫には猫のパーソナルスペースというものがある。
親しくもない人間から触られたらブチ切れてしまうだろう。
ここは聖母になった気持ちで見守るしかない。
「ふふ……美味しい?」
「にゃー」
「よかったよかった」
私はそこでふと思いついた。
この子はもうウチの飼い猫みたいなものだ。
となれば、名前をつけないわけにはいかない。
何がいいかなあ、白いからシロかな? でもそれはさすがに安直すぎる気がするし。可愛さと気高さを兼ね備えた名前がいいよね。
あ、そうだ。
「ウィリアム! あなたの名前はウィリアムでどう? カッコよくていい感じだと思うんだけど」
『承知した。今日から吾輩はウィリアムだ』
「気に入ってもらえてよかった――ん? 今なんて?」
『吾輩に名前をつけてくれたのだろう? 不思議な響きで気に入った。これからよろしく頼むぞ、主イトールカよ』
「………………………………」
いやちょっと待て。
めちゃめちゃ渋い声で語り掛けてきたんだけど……?
『どうしたのだ? 化け猫でも見たような顔をしているが……』
「え? え? ウィリアム、あなたしゃべれたの……?」
『ああ。人間の言語は発音できないゆえ、思念による意思伝達だがな』
こいつ、直接脳内に……!?
意味不明すぎて頭が真っ白になった。さっきまで普通に「にゃー」って言ってたくせに。
でもまあ、冷静に考えたらここはファンタジー世界だ。子猫と意思疎通できても不思議じゃないのかもしれない。あはは。
私は水筒の水を飲んで心を落ち着けた。
大丈夫大丈夫。この程度のファンタジーは想定内だ。
「……えっと、ウィリアム? うちの子になる?」
『主が望むのであれば、吝かではない』
「あ、はい」
『では何卒何卒』
ウィリアムは嬉しそうに肉を頬張っていた。
こうして私はペットを飼うことになったのである。
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