「神統記」
独取警一
第1話 はるなとルシフェル、出会う
病院の外来の受付事務員をしている、はるなは仕事が終わって帰宅途中である.足取りがいつも軽い.今日も、鼻歌を歌っている.「ふんふんふん、るんるんるん・・」と歌詞はわからないが、楽しそうな感じである.でも、一体彼女は何がそんなに楽しいのかと人は皆、思う.スキップしそうな勢いである.道端に花が咲いていると、くるりと振り返り、下を向き、花たちに語りかける.
「あら、お花さん、かわいい、あなたの名前はなんていうの、ご機嫌いかが?」という感じである.
風がそよぐと、遠くで鈴の音、耳を澄ますとどうやら話し声のようである.
「私はレンゲ、よろしくね」
「たんぽぽよ、かわいいでしょ」
「私たちが、チューリップ」
ひときわ強い風が吹くと、空から花びらが大量に舞ってくる
「ほほほ・・・私が桜、でももうすぐお別れよ・・・」上を見上げると、満開のさくらである.今年はもう散り始めるらしい.
彼女は振り返り方が独特である.前を向いて歩いているのに後ろを振り向くのは、大体、90度から、180度体の向きを変えれば良さそうであるが、彼女の向きの変え方は360度以上なのである.誰か、元ボクサーの芸能人のひとが、「私の人生360度ガラリと変わった」と言ったとか言わないとか.名前は確か、がっぽり岩松だっけ、ガッツリ若松、だった、かな?そんな感じの名前の人.弧度法でいうと2πラジアン回転だから元に戻るわけだ.360度回ってみた、あら同じところだわと、もう半周回る感じである.見てみないとわかりにくい、ターンなのだが、実際見るとそうなのだ.
明るく、優しく、あたり構わず褒めて回る.
「あなたは誰?」
「私は梅の花、花は似てても桜みたいに派手じゃないでしょ」
「いえいえ、あなたもすごく可愛いわよ」
「あら、お上手」
それに加えて、見た目が、まあまあ、わかりやすく表現すると、美人から可愛い、という感じである.年の頃はわからない、しかし生殖年齢であることは間違いなさそうである.法律的にそういうことをしても良い年齢でしかも、生物学的にそういうことが可能な年齢である.つまり、18歳から45歳の間くらい?50歳には届いていない、と思うが、女の人の年齢はわからない.そういうと、設定としてなんと大雑把なという声が聞こえてきそうである.
ひょっとして、危険な感じの人かも、と思う人もいるかもしれない.すれ違う人の中には、なるべく目は合わせないように、という態度を取る人も実際いる.だから、いつも彼女は一人で歩いている.男と歩いているところはついぞ目撃証言がない.そのことがますます彼女をミステリアスにしていた.
道端の名も知らぬ、というのは作者や、彼女が、花に直接名前を聞く前は、知らぬというだけで、牧野富太郎先生ならもちろん、一般人でも名前ぐらいすぐわかるありふれた花なのかもしれないが、彼女は花に名前を聞いて「ああ、あなたがすみれさん」と花の名前をすぐに口にする.周りの人はすぐに「え?」と思う.この人は、花と会話しているのか?それとも知っていて惚けて、知らないふりをして、あえて名前を聞いて、花からその名前を教えてもらってるのよ、という体裁を取っているのかもしれない.
ある日の夕方、帰り道は何通りかあるらしい.今日通る道のお花の名前はみんな聞いたことがある.前に花が教えてくれたから.でも、はるなは忘れっぽい人らしい.
「あら、あなた、また会ったわね、えっと、この前お名前聞いたけど、ごめんなさい忘れちゃったは、ははは」という感じである.忘れたらまた聞けばいいだけである.
「あなたのお名前なんだっけ」と.
「ふんふんふん、るんるんるん・・」とスキップするが如くに家路を辿る.
ふと、空を見る. 「まあ、あんなところに明るいお星様.」西の空に太陽が沈んだ後、ひときわ明るい星が輝いている.宵の明星も明けの明星もどちらも金星のことを呼ぶらしい.
「あの星は、金星?」
とはるなはお星様と自分自身に問いかけてずっと空を眺めていた.もちろん答えはない.お星様とまでは話はできないらしい.するとその星はみるみる大きくなり、近づいてきた.まるで、はるなを目掛けて飛んでくるようだった、「え、何?」と思った時にはあたりが一瞬、閃光に包まれた.そして、ドーンとちょっと大きめの音がした.すぐに夕暮れ時の薄暗さに戻った.
「痛たた、またしくじっちまったい、おや、いったいここはどこだ?」
少し離れたところに、白髪の老人?というほどではないが初老くらいの男が倒れていた.しりもちをついたような格好である.服装は、はるなの知らないファッションだ.古代のギリシャ?ローマのドーガとかいう服でしたっけ?この前漫画でテルマエロマエを読んだがそのような感じがしなくもない.縄文時代?きもの?作務衣?でもなさそうだ.ヒゲぼうぼうの髪はボサボサ.痛そうにしているので、はるなは病院勤めをしているものの職業倫理としてとりあえず声をかけた.
「あのー、大丈夫ですか?」
「う?俺か、俺は大丈夫」
「何をされているのですか?」
「うー俺か?俺は、今、腰を痛がっているんだ」
「いえいえ、私が聞いているのは、なんで腰が痛くなるようなことをここでされているのですか?そもそもなんで腰が痛くなったのですか?」
「あ、下界の様子を見ていたらな、あんたが花と話しているのを見てな、お、こいつ俺たちと同じ精霊と話できるやつなんだ、と思ってみてたら、なんとおめえ、せっかく教えて貰った花の名前忘れたっていうじゃないか、なんかずっこけてしまって、着地に失敗したってことさ」
「じゃ、私がみていたお星様?明けの明星でしたっけ」
「まあ夕方だから宵の明星かな、どっちも金星のことで、ルシフェル、って皆には呼ばれているな、俺の名前はルシフェル」
「うーん、よく理解できないのですけど、あなたはお星様のルシフェルさん?それとも金星さん?」
「まあ、どっちもだな.でもあまり金星さん、って呼ばれたことねえ」
二人は、公園の遊具に向かい合って座っている.円盤状の水平方向にのクルクル回るやつだ.ただし自動では回らないから、回転には誰かもう一人必要だが.子供が怪我をしたら大変ということで、この頃はテープとか貼り紙とか、ロープで緊縛してあったりとかで使えないことが多い.しかし撤去はしない.この時は使えた、あるいはルシフェルが使用禁止の張り紙を剥がしたのかもしれない.
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