第19話 市場調整パニック!?〜父上、屋台を出す〜
朝。
今日も僕の一日は、胃薬代わりのミルクから始まった。
「若様、本日は市場の視察でございます」
セバスが静かに紅茶を注ぐ。
完璧な姿勢、完璧な所作。
その完璧さが、もはや恐怖である。
「うん。食料品の値段が上がってるらしいから、原因を調べに行くんだ」
「ふむ。領主としての第一歩でございますな」
そこへ、扉がバァンと開いた。
「市場視察だと!? 面白そうだな! わしも行こう!」
低音ボイスが空気を震わせた。
……父上、登場。
「いや、父上は留守番でお願いします。前回の“視察”で噴水が三つ増えましたよね?」
「民の暮らしを見るのは領主の務めだ!」
「父上が見ると暮らしが滅ぶんですよ!」
しかし聞く耳持たず。
その瞬間、明るい声が追い打ちをかけた。
「わ、私も行きます! お買い物、大好きです!」
リリィだ。
新入りの見習いメイド。
何をしてもドジる。天使みたいな顔で。
「リリィ、これはお買い物じゃなくて調査だからね?」
「だいじょうぶです! ちゃんと“おまけ交渉”とか得意です!」
「それ商談じゃなくて破壊工作だから!」
こうして、僕・父上・リリィ・セバスの四人による“視察チーム”が出発した。
◇
領都の市場は活気に満ちていた。
朝の光に果物がきらめき、パンの香りが漂う。
人々の笑い声があちこちから響いていた。
「おお、にぎわっておるな!」
父上の声が響く。
通りすがりの人たちが一斉に振り向き、ざわついた。
「若様、あのパン屋さん、すごい行列ですよ!」
リリィが嬉しそうに指さす。
だが僕の目は、値札に釘付けだった。
「……値段が倍になってる。これは異常だね」
僕はノートを取り出して記録する。
供給不足、輸送費上昇、もしかすると中間業者の独占――。
「ふむ。調整すれば安定しそうだ」
そう思った瞬間。
「アル! 見よ! この果物、実に瑞々しい!」
父上が突如叫び、露店の台の上に立った。
「父上!? それ、勝手に登らないで!」
「民のために、わしが直接売ってやろうではないか!」
「やらなくていいから!!」
「ふはは! 本日限定、公爵の屋台を開店する!!」
周囲がざわめいた。
「公爵様!? 本物!?」
「え!? 無料配布って本当!?」
「無料って誰が言ったの!?」
「わしだ!」
「やめてぇぇぇぇぇぇ!!」
一瞬で市場が祭り状態に。
民衆が押し寄せ、商人たちが頭を抱える。
セバスが冷静に呟いた。
「若様、これは……市場経済の崩壊ですな」
「淡々と地獄実況しないでぇぇ!!」
リリィは笑顔で手を振る。
「でもみんな笑顔ですよ、若様!」
「笑顔の裏で財布が泣いてるんだよぉぉ!!」
◇
父上の屋台は完全にフリーダムだった。
「食え食え! 全部無料だ!」
「公爵さまばんざーい!!」
「ばんざーいじゃない! 税収が死ぬぅぅ!!」
その横で、なぜかリリィが値札係をやっていた。
「若様、私もお手伝いします!」
「うん……でも“値段”はつけなくていいからね?」
「まかせてください! えっと……リンゴ一個……」
――キュッキュッ。
“1000金貨”
「リリィィィィ!?!?!?」
「え? おいしそうだからこのくらいかなって!」
「美味しそう=インフレの元凶!!」
「でも無料よりはいいですよね?」
「極端すぎるの!! 中間がないのか中間が!!」
セバスは黙って手帳にメモした。
「市場混乱指数、上昇中」
「実況すんなぁぁ!!」
◇
一時間後。
市場はカオスと化していた。
無料で食材が配られ、
一方では金貨単位の高額商品が並ぶ。
商人たちは泣き、客は笑い、経済の神が泣いていた。
「この国、もう経済破綻まっしぐらだよ!」
「民が笑顔ならそれでよい!」と父上。
「それ、破滅直前の悪役が言うセリフだから!」
リリィが屋台の裏から顔を出す。
「若様ぁ! パンが焦げましたぁ!」
「もう火災と経済崩壊のコンボやめてぇぇ!!」
セバスが淡々と火を消す。
「損失、およそ一万金貨です」
「そんなに!? 屋敷建つレベルだよ!!」
「民の笑顔、プライスレスだな!」
「父上、黙ってぇぇぇ!!」
◇
夕方。
市場は静まり返っていた。
地面には焦げたパンと、散乱した値札だけが残る。
リリィがしょんぼりとつぶやいた。
「ごめんなさい、若様……私、がんばったのに……」
「うん……がんばった結果、経済が死んだね……」
「うぅ……」
セバスが帳簿を差し出す。
そこには、見事なまでの真っ赤な数字が並んでいた。
「……これ、血の色かな?」
「いえ、赤字です」
「だよね……」
沈黙の後、僕は力なく笑った。
「……もう、笑うしかないね」
「笑いましょう」
「ははは……」
「わはははは!」
「ぶはははは!」
父上が満足げに言った。
「ほら見ろ、家族そろって笑顔だ!」
「父上、それ現実逃避の笑いだからぁぁぁ!!」
こうしてグラシア家の“市場改革初日”は、
笑顔と赤字に包まれて幕を下ろしたのだった。
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