悪役貴族に転生したけど、魔法がコードにしか見えないのでデバッグしてたら最強になった件
Ruka
第1話 目覚めたら赤ん坊でした
――まぶしい。
目を開けたら、そこは白い天井……ではなかった。
代わりに見えたのは、やたらと派手な布。金糸で模様が刺繍された天蓋がひらひら揺れている。
「え、なにこれ。ホテル? 高級旅館?」
違う。もっとファンタジーな香りがする。これは王侯貴族が寝るやつだ。
とりあえず手を動かしてみて、そこで気づいた。
――ぷにぷにの手。
短い指。小さな手のひら。
「……は?」
口を開けば「ばぶぅ」とかいう無様な声。
試しに「おい」と言ってみたら「あぅー」だった。
「お前誰だよ!」ってツッコミたくなるレベル。
つまり、鏡がなくても分かる。
僕は――赤ん坊だ。
「いやいやいや!」
寝て起きたら赤ん坊って、どんなバグ?
タイムリープどころかフルリセットじゃん。
……もしかして、転生?
混乱していると、影が差した。
二人の女性がベッドを覗き込んでいる。フリルのついたエプロンに黒いドレス。典型的な侍女服。
「坊ちゃま、今日も泣きませんねぇ」
「ほんとですわ。普通の赤ん坊はもっと泣くものなのに……まるで悟っておられるみたい」
悟ってない。全然悟ってない。
むしろ心の中では「助けてくれ!」って叫んでる。
泣かないのはただ、中身が大人だから泣けないだけだ。
……泣きたいよ? 泣けるものなら泣いてるよ?
でも涙腺のスイッチが見つからないのだ。
結果、僕は「達観している赤ん坊」という残念な称号を獲得してしまった。
いやほんとやめて。まだ一日目だから。
部屋を見渡せば、その豪華さにさらに驚く。
壁は大理石、床は分厚い絨毯、窓にはステンドグラス。
侍女たちの立ち居振る舞いも無駄がなく、洗練されている。
これ、絶対貴族か王族の屋敷だよな……。
庶民の僕からすれば、テレビの中の世界みたい。
いやこれ現実? 夢じゃなくて?
死ぬ直前の記憶が脳裏をよぎる。
深夜のプログラミング作業。肩こり。カップ麺。寝不足。
そして――心臓がズキッと痛んだ瞬間に意識が途切れた。
「あ、俺、死んだんだ」
そう思ったところで、気づけばここ。
つまりこれは……異世界転生か?
バタン。
重い音を立ててドアが開いた。
入ってきたのは黒髪の大男。肩にマント、鋭い眼光。
――強キャラ感すごい。ラスボスかよ。
彼はベッドに近づき、僕を見下ろして言った。
「……ほう。これが我が後継ぎか」
低い声。重厚感ありすぎ。
赤ん坊相手にラスボスボイスやめろ! 心臓に悪い!
その男――たぶん父上――は僕をひょいと抱き上げた。
視界が高い。……怖い怖い怖い! 手がごつい! 落とさないで!
「泣かぬのか」
いや、泣きたいけどね?
プライドが邪魔して泣けないんだよ。
「……ふむ、器量がある」
いやいやいや! 評価間違ってるよ父上!
泣けない=器量じゃない。ただ泣き方が分からないだけ!
横で侍女が囁く。
「さすが公爵様のご子息……」
「生まれながらにして胆力が違うのね」
違う。僕はただの凡人プログラマーだったんだよ。
コード書きすぎて肩こりで倒れただけなんだよ。
父上はしばらく僕を見つめ、満足げに頷いた。
「よい。名は――アルだ」
アル?
思わず心臓が跳ねた。
どこかで聞いたことのある響き。けれど、今はまだ思い出せない。
「アル・フォン・グラシア。我が誇りだ」
……グラシア?
その名前にも微かな既視感がある。
けれど今の僕には、赤ん坊の体と曖昧な記憶しかない。
父は僕を布団に戻し、威厳ある背中を見せながら部屋を出ていった。
「公爵様が笑みを浮かべるなんて……」
「ご子息は特別に違いありませんわ」
侍女たちの言葉を聞きながら、僕はただ小さな手を握りしめる。
……アル。
それが、この世界での僕の名前。
まさかそれが“ゲームの悪役貴族”だと気づくのは、もう少し先のことだった。
こうして僕は、「泣かない奇妙な赤ん坊」として周囲から畏れられながら、新しい人生をスタートさせたのだった。
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