戦国Re:verse ― 織田信長編《紅蓮の覇者》

梵天丸

第1話:転生の邂逅

第1話:転生の邂逅


 僕…相馬蓮(そうま・れん)はごく普通の大学生――のはずだった。

 ただひとつ、人より夢中になっていることがある。


 それは「ゲーム作り」だ。


 仲間と立ち上げた小さなサークルで、戦国時代を舞台にしたシミュレーションRPGを制作している。


 講義が終われば研究室にこもり、資料と首っ引きでシナリオや戦術の設定を詰める日々。


 桶狭間の戦い、比叡山焼き討ち、長篠の鉄砲三段撃ち――。

 史実に沿いながらも「もしも」の分岐を組み込むために、どんな小さな史料も見逃さなかった。


 正直、もはや遊びというより研究に近い。


「お前、戦国オタクだよな」


 仲間にからかわれるたび、苦笑いしつつも否定はできなかった。

 でも僕には確信があった。

 歴史を知れば知るほど、物語は面白くなる。


 その夜も、いつものようにパソコンの前に座っていた。

 画面には、赤く燃え上がる城のイメージイラスト。

 本能寺の変。信長が炎の中に消えていくシーンをどう描くか――僕は悩んでいた。


「信長は、本当に“魔王”だったのか?」


 僕が惹かれるのは、冷酷な覇者としての顔ではなく、孤独と理想の狭間で揺れる人間としての姿だった。

 その真実を掴めれば、きっといいゲームになる。そう信じていた。


 ――その瞬間、部屋の空気が震えた。


 モニターが眩しく白く光り、風が吹き抜けるような感覚に包まれる。

「えっ……な、なんだ!?」

 立ち上がろうとした僕の視界は光で塗りつぶされ、次の瞬間、足元から力が抜けた。


 気づけば、草の匂いに包まれていた。

 夜の研究室ではなく、広大な野原。

 空はやけに澄み、風は乾いている。


「……どこだ、ここ」


 僕は混乱しながら立ち尽くした。

 その時、鋭い鳴き声が響く。


 空を舞う鷹が、獲物を捕らえて舞い降りた。その腕を受け止めた人物を見て、僕は息を呑んだ。


 深紅の長い髪。

 艶やかな和装に軽やかな甲冑を纏い、金色の瞳で鋭く周囲を見据える若き女性。

 その姿は、ただそこに立っているだけで空気を支配していた。


「殿、あの怪しい者をどうなさいます!」


 近くの武士が僕を指差して叫ぶ。


 ――殿? この女性が、この場の主なのか。


 ざわめく声の中、別の家臣が囁くのが耳に入った。

「織田信長様の御前であるぞ!」


 信長……?

 あの歴史で語られる名将のはずなのに、目の前にいるのは若き女性。

 混乱する僕を、黄金の眼差しが真っ直ぐに射抜いた。


「何者だ?」


 その声は凛と響き、背筋が震える。

 恐怖よりも先に、心を奪われていたからだ。


 武士たちが再び口々に叫ぶ。

「怪しい者にございます! 斬り捨てましょう!」


 彼女――信長はふっと笑みを浮かべた。

「怯えもせぬか。……妙なやつだ。名は?」


 突然問われ、僕は口ごもる。

「……そ、その……」


 まともに答えられない僕を見ても、信長は気を悪くするどころか楽しげに目を細めた。


「面白い。こやつ、我が屋敷に連れて帰る」


 家臣たちが一斉にざわめいた。


「また奇行を……」

「うつけ姫め……」


 陰口が飛ぶ中、信長は気にも留めない。ただ真っ直ぐに僕を見て、口元にわずかな笑みを浮かべた。

 その瞬間、ほんの一瞬だけ、彼女の耳が赤く染まっていたことに僕は気づいてしまった。



 尾張の城下に戻る道中、僕は終始口をつぐんでいた。

 突然戦国時代に放り込まれただけでも混乱しているのに、連れて行かれる相手は「織田信長」。

 教科書で何度も見た名だが、そこに立つのは威厳は感じられるものの、まだ少し幼さも残る少女だった。


 城に入ると、豪壮な空気に圧倒される。

 武士や侍女たちの視線が突き刺さり、「あれが噂の奇行か」と言わんばかりのざわめきが広がる。

 その中心で、信長は臆することなく玉座に腰を下ろした。


「さて――」


 黄金の瞳が僕を見据える。


「名を聞こう。何者だ?」


 威圧感に喉が詰まる。

 だが正直に答えられるはずもない。

「えっと……僕は……相馬…蓮。ただの学生です」


 学生、という言葉に家臣たちは怪訝な顔をする。

 案の定、後ろから小声が飛ぶ。


「やはり異国の者か」

「殿はまた妙な拾い物を……」


 信長はそれを無視し、ふっと笑った。

「ふむ……蓮か。“ただの”とは思えぬ目をしておる」


 そう言いながら、彼女は片肘をつき、じっと僕を観察する。

 その視線は鋭いはずなのに、不思議と胸がざわついた。


「……殿、この者は危険にございます。牢に入れるべきかと」


 家臣の一人が進言すると、信長はすぐさま切り返す。


「面白いものを牢に入れてどうする。人は使いようだ」


 挑発めいた笑みを浮かべ、僕へと身を乗り出す。


「蓮よ、我に仕えよ。――嫌だとは言わせぬ」


 背筋が凍る。けれどその瞳の奥に、一瞬だけ揺れるものを見た。

 期待なのか、不安なのか。

 威厳の仮面の下に隠された、少女のような感情。


「な、何で僕なんかを……」


 思わず口にした問いに、信長はわずかに目を逸らした。

 その仕草は覇者らしくないほどぎこちなく、耳がほんのり赤い。


「……お前が、妙に気に入った。ただ、それだけだ」


 その言葉に、僕の心臓は強く打ち鳴った。


 大広間に沈む空気は重く、家臣たちの視線は冷ややかだった。

 「うつけ姫がまた妙な者を拾った」と、その目が語っている。


 だが信長は意に介さず、頬杖をついたまま僕を見下ろしていた。

 黄金の瞳に射抜かれるたび、心臓が強く鳴る。


「よいか、蓮。私はお前を気に入った。だが――」


 信長はゆっくりと立ち上がり、裾を翻す。


「気に入ったからといって、無条件でそばに置くわけにはいかぬ。

 使えるか、使えぬか。試さねばならん」


 ざわめく家臣たち。僕は思わず息を呑んだ。


「殿、まさか……この者に任を?」


 家臣のひとりが慌てて口を挟む。

 信長は笑みを浮かべて頷いた。


「そうだ。明日、城下の巡視に同行させる。

 敵の間者を探っているという噂がある。こやつに見張らせよ」


「ですが殿、素性の知れぬ者に――」

「黙れ」


 短い叱声に広間が震えた。

 信長の声は鋭く、それでいて不思議な熱を帯びていた。


 彼女は再び僕を見据える。


「命じられたことを果たせば、家中に居場所を与えよう。

 果たせぬなら……その時は容赦はせぬ」


 その言葉に、背筋が凍る。

 けれど同時に、逃げられない運命を突きつけられた気がした。


 ――ここで逃げれば、本当に斬り捨てられる。

 けれど、不思議と後悔はなかった。


 目の前に立つ彼女は、圧倒的で、恐ろしくて、美しかった。

 この人のそばにいれば、きっと何かが変わる。

 根拠もなく、そう思えた。


「……わかりました」


 絞り出すようにそう答えると、信長の口元がわずかに綻んだ。


「よし。面白くなってきた」


 その瞬間、周囲から「うつけ姫め……」という呟きが再び漏れた。

 けれど信長は気にも留めず、ただ僕を真っ直ぐに見ていた。


*************

この物語は、YouTubeで配信中の楽曲とリンクしています。良かったら楽曲のほうも聴いてみてくださいね♫

今回のお話をベースにした曲「Crimson Encounter(紅蓮の邂逅)」はこちら ⇒https://youtu.be/-U-v8KpQszE

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