ゲーム中盤で断罪され全ルート死亡確定の辺境領地の悪役貴族に転生したので、ゲーム知識と《評価改変スキル》で全員の破滅フラグを書き換えます

黒星かなめ

第1話 悪役貴族、死亡確定ルートからの転生

 眩しい光と、鈍く脈打つような耳鳴り。


 ——次の瞬間、俺は見知らぬ天井を見上げていた。


(……ここ、どこだ?)


 起き上がろうとした体に、不自然な軽さを感じる。

 手を伸ばすと、それは自分の手のはずなのにやけに白く、指は長く、指輪のような装飾品がやたら似合っていた。


 そして、鏡。


 金色の髪、整った顔立ち。

 まるでRPGの登場人物のような貴族青年が、俺の動きと完全に一致している。


「……え、うそだろ」


 思わず口にしたその瞬間、背筋に電撃が走った。


 この顔、見覚えがある。

 ——そうか、思い出したぞ。


「まさか……これって、『エンブリオ・クロニクル』の……レオンハルトじゃねぇか!」


 レオンハルト・フォン・イシュタール。

 よりによって俺が転生したのは、王都からも見捨てられかけた辺境の悪役貴族――イシュタール家の御曹司だった。


 学生時代、死ぬほどやり込んだRPGの悪役キャラ。

 レオンハルトはゲーム中盤で断罪イベントを食らい、どのルートでも死亡する没落貴族。


 しかもイシュタール領は、魔王軍が最初に侵攻してくる前線でもある。

 つまりここは、真っ先に戦火に巻き込まれる運命の地なのだ。


 でもなぜ俺が、よりによって“こいつ”に……?


(いや、待て。これはチャンスだ。

 確かレオンハルトは、実力はありながらも慢心と傲慢のせいで全部を失った……つまり、そこを変えればいい)


 俺は覚悟を決める。

 もう、あの結末を繰り返さない。


「やり直してやるよ、レオンハルトとしてな」


*  *  *


 数分後、部屋のドアをノックする音が響いた。


「……レオンハルト様、失礼いたします。朝の支度を——」


 扉が開くと、執事服を着た初老の男が静かに頭を下げていた。


 その視線が、少しだけ硬い。

 ……いや、警戒心すら感じるぞ?


 さらに廊下に目をやると、給仕らしきメイドたちが明らかに怯えている。

 目が合った瞬間、ひそひそと何かを話し、距離を取っていく。


(……やっぱり、こいつ……いや、今は俺か。相当やらかしてたな)


 内心で頭を抱えつつも、俺は努めて丁寧に口を開いた。


「おはよう。……今日は、朝食を食堂でとらせてくれ」


 周囲が一瞬、凍りついた。


 まるで野獣が微笑んだかのような空気。

 執事は顔色を変えず「かしこまりました」とだけ言って退出したが、その視線は懐疑的なものを感じられた。


(これは相当だな……。とりあえず、まずは印象改善からか)


 静けさを取り戻した室内でそんなことを考えながら、ふと窓の外を眺める。


 庭園の先、小道を歩いていた農民風の男と目が合った、その瞬間だった。

 目の前に、ウィンドウが表示される。


――――――――――――――――――――――――――――――

【領民の評価】

 俺が、必ずころす。

 領民はレオンハルトに対し、強い意志を持っている。    ✎

――――――――――――――――――――――――――――――


 ……え?


 いや、待て。

 初対面だぞ? 今生まれ変わったばかりだってのに、なんでこんなR指定みたいな感情が向けられてるんだ?


(っていうか、このウィンドウ……内容、いじれる?)


 よく確認してみると、ウィンドウの右下に鉛筆のアイコン。

 触れるとテキストが編集モードに変わった。

 恐る恐る「が」の位置を、「ころす」の位置へとずらしてみる——


――――――――――――――――――――――――――――――

【領民の評価】

 俺、必ずころがす。

 領民はレオンハルトに対し、強い意志を持っている。    ✎

――――――――――――――――――――――――――――――


「…………」


 じわじわと来る、なんかヤバイ脳筋キャラみたいになってしまった。


 いや、確かに殺意は感じられなくなったけども……。

 “ころがす”って意味なら、命の危機は多少遠のいた。

 代わりに、なんか別の危機が近づいてきた気もするが。


 それでも、殺されるよりはマシだろう。


 俺は心の中でこの奇妙な能力に名前を付けた。


《評価改変》

 対象の人物と視線を交わしたとき、自分――レオンハルトに対して抱いている評価が、ウィンドウのように文字として浮かび上がる。

 その評価に働きかけたり編集することで、未来そのものを書き換えることができる。


 うん、完璧だ。

 このスキルがあれば、少なくとも“即死”ルートだけは避けられる。


(あとは……このチートスキルがあるうちに、努力と実力で無理のない未来を掴むだけだ)


*  *  *


 その日、書斎に忍び込んで年表を確認した。


「……星暦998年。今は原作開始の二年前か」


 ゲーム本編が始まるのは星暦1000年の夏。

 魔王軍が世界各地に侵攻を始める“魔王軍侵攻編”からだ。


 そして俺――レオンハルト・フォン・イシュタールは、その魔王軍侵攻編において序盤に立ちはだかる悪役貴族。

 領民に見放され、家族からも疎まれ、勇者一行に断罪される“中ボス”として散るのが定められた未来だった。


 いや、そんなポジション……笑えないって。


(でも、この時代ならまだ間に合う。俺の首を締める“悪評”――破滅フラグは確か全部で……)


――五つ。


ひとつ目は、領民からの「横暴な暴君」という評価。(すでに発生している可能性あり)

ふたつ目、婚約者クラウディアから向けられる「不誠実」という評価。

みっつ目、従者や配下から向けられる「信頼を失った主」という評価。

よっつ目、領地経営の失敗から広まる「無能領主」という評価。

そして最後が、魔王軍との接触によって刻まれる「裏切り者」という決定的な評価。


(ああ……やっぱり詰んでる)


 だが逆に言えば、このフラグさえ潰せばレオンハルトは死なずに済む。

 俺が愛したこの世界で……生き残って、人生をやり直せる。


 そのために必要なのは、スキルだけじゃ足りない。

 スキルは優秀だが、あくまで個人間の評価をある程度書き換える程度の能力しかない。

 運命を切り開くには俺自身の力と知識が必要だ。


「今世の俺は、慢心しない。謙虚に、慎重に、実力で登りつめてやる」


 拳を握りしめる。

 目の前に誰もいないのをいいことに、少しだけ厨二っぽいポーズまで取ってしまった。


*  *  *


 その夜、再び窓辺に立った。


 小道にはまた別の領民が通りかかり、目が合う——が、今度はウィンドウは表示されなかった。


(……なるほど。あのウィンドウは常時見えるわけじゃない。

 詳しい仕組みはわからないが、俺に対する評価や意識がある程度強くないとウィンドウは出ないのかもしれない)


 さっきの領民の評価が憎悪にあふれていたのを考えると、それなら納得できる。


(使いどころ、考えないとだな。万能じゃない。逆に言えば、使えた時は確実にピンチなんだ)


 スキルの強さと同時に、制限の重さも実感する。


*  *  *


 翌朝、俺は執事のバルドにこう告げた。


「——鍛錬の用意を。今日から剣の修行を始める。」


 執事は目を見開き、ほんの一瞬固まった後、慌てて頭を下げた。


「……かしこまりました、レオンハルト様。」


 廊下をすれ違った使用人たちも、遠巻きにこちらを見ながらざわついている。


 だが、それでいい。周囲に“変化”を見せることで、少しずつ信頼を取り戻す。


(目指すのは、改変スキルが必要ない未来。全員からの悪評を、感謝に変えてやる)


 まずは一歩。悪役貴族レオンハルトの、“まじめな人生”が始まった。


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ここまで読んでいただきありがとうございます。

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