第30話 習得
「はぁ……はぁ……もう流石に厳しくなってきました……」
畑から少し離れた街道の側の草原にて。
俺の隣でユキナが大の字に寝転がり荒い息を吐いていた。
俺も酸欠で頭がクラクラしているが、まだスキルを獲得できていない。
ここで辞めるわけにはいかなかった。
現在。
俺のスキル獲得のためにユキナやアリサに手伝ってもらいながら全力ダッシュを繰り返していた。
単純に50メートルほどの距離を、何度も何度も全力でダッシュするという訓練方法だ。
新たなスキルを習得するためには、この訓練が一番手っ取り早いだろうという予感があった。
しかし300回を超えたあたりでユキナが根を上げてしまった。
アリサは50回くらいで根を上げたので、それに比べたら流石は王立白薔薇騎士団といったところか。
「シンさんは……まだ続けるんですか……?」
「はい、そのつもりですね」
「すごい……ですね……。私はもう無理みたいです……」
荒い息を吐いているユキナに俺が労いの言葉をかける。
「お疲れ様。付き合ってくれてありがとな。もうゆっくり休んでいいぞ」
そう言うとユキナはフラフラと立ち上がって、デランの家に戻っていった。
これから俺一人で頑張らなければならない。
しかし、ここで辞めたら今までの努力が水の泡になる気もした。
だから頑張らねば。
気を引き締め直すと、俺は再び全力ダッシュを始めた。
500回を超えた辺りだろうか。
もう辺りはすっかり赤く染まり、夕暮れになっていた。
「……今の」
俺はその時、何かを感じ取っていた。
ハングリーボアを追いかけようとした時に感じた感覚と同じ感覚。
「いけるかもしれない……」
俺はそう呟いて、さらにラストスパートの負荷をかけながらダッシュを再開する。
1回、2回、――10回、――20回。
酸欠で何も考えられない。
息が上がりっぱなしで肺が痛い。
でも、俺はそれでも走り続けて――。
タンッ。
俺が走り出した瞬間、1秒にも満たずにゴールに辿り着いていた。
「……スキルだ」
新しいスキルを習得していた。
どうやら新しいスキルは一瞬のうちに移動するタイプのスキルらしい。
地面を蹴った瞬間には、俺は目的の場所に移動していた。
まあ移動可能距離はかなり狭めに設定されているっぽいが。
「あー、疲れたぁ……」
俺は走り疲れて大の字で草原に寝転がる。
そんな時、ユキナとアリサが近づいてきた。
「どうでしたか?」
「お疲れ様です、シンさん!」
ユキナはそう尋ねてきて、俺はなんとか親指を立てて答える。
「いけましたよ……習得できました……」
俺の言葉にユキナとアリサは目を合わせて、ぱあっと笑みを浮かべた。
「流石ですね、シンさんは。一人で二つのスキルを習得するなんて聞いたことありませんよ」
「わたしにはよくわかりませんが、すごいことなんですよね!? やっぱりシンさんはすごいです!」
そう手放しで褒められて俺は照れしまう。
今までは急に上がった自分の実力が信じられなかったが、今ではそれが努力で手に入れたものだとわかる。
俺の今までの積み重ねでこの実力があるのだと。
今まで開花しなかったのは、積み重ねの回数が足りていなかっただけだったのだ。
だから、俺はようやく素直にその賞賛を受け入れることができるようになっていた。
「ありがとう。頑張った甲斐があったよ」
草原で大の字になって休憩している俺の横にユキナが座って言った。
「今日は一旦町に帰り、明日、再び討伐することになりました。なので今日は帰ってゆっくり休みましょう」
「わかりました。そうですね、今日はちょっと疲れましたね」
と言いつつも、俺は油断をしたりはしない。
いつ組織が襲ってくるのかもわからないのだ。
相手からすれば今は確実に襲い時である。
光の線が見えないか、俺は注意深く観察しながら寝転がっていた。
しかし、その日は襲撃はなかった。
普通に家に帰り、何事もなく眠ることができた。
一応俺とユキナで交代で監視を続けながら眠ったが、それでも襲撃なかった。
思いの外身長なのか、はたまたまだ機を伺っているだけなのか。
どちらにせよ、俺たちはゆっくり休むことができ、次の日、再びハングリーボア駆除の任務に訪れていた。
翌日、俺たちは再びデランの畑を訪れていた。
すっかり顔なじみになったデランに挨拶を済ませると、俺は自信を持ってこう宣言した。
「デランさん。今日こそ、あのすばしっこい奴らを捕まえてみせますよ」
俺の言葉に、デランは半信半疑ながらも期待を込めた目で頷いた。
隣ではユキナとアリサが、まるで自分のことのように誇らしげな表情で俺を見つめている。
その信頼が、今の俺には何よりも力になった。
昨日と同じように草むらに身を潜め、ハングリーボアの群れが現れるのを待つ。
やがて、森の奥から警戒心の強い四匹が姿を現し、畑を荒らし始めた。
「よし……行くぞ!」
俺はユキナたちに目配せすると、わざと大きな足音を立てて飛び出した。
案の定、ハングリーボアたちは一瞬でこちらに気づき、脱兎のごとく森へと逃げ出す。
その速さは昨日と変わらない。
だが、今の俺には昨日までとは決定的に違うものがあった。
(――ここだ!)
逃げるハングリーボアたちの動きを捉えながら、俺は意識を集中させる。
身体に馴染み始めた新しい力を解放した。
タンッ、と地面を軽く蹴った、その次の瞬間。
俺の身体は空気を切り裂き、逃げる群れの先頭にいた一匹の目の前に、まるで瞬間移動したかのように出現していた。
「ブゴッ!?」
突然目の前に現れた俺に、先頭のハングリーボアは驚きの声を上げて急停止する。
そこに、後続の仲間たちが次々と突っ込み、見事な玉突き事故を起こして団子状態になった。
俺はすかさず残りの逃げ道を塞ぐように移動し、完全に退路を断つ。
「なっ……なんだ今のは!?」
一部始終を見ていたデランが、信じられないといった様子で叫んだ。
アリサは目をキラキラと輝かせ、小さくガッツポーズをしている。
討伐はあっけなく終わった。
デランから何度も感謝され、報酬の銀貨を受け取っている最中も、俺は警戒を解いていなかった。
そして計画通り、わざと無防備に背中を向け、油断したふりをした。
――その瞬間だった。
肌を刺すような鋭い殺気。
それと同時に、森の奥から俺の背中に向かって飛んでくる一本の光の線が、はっきりと視えた。
(来たか……!)
俺は身体をわずかに捻る。
最小限の動きでそれを回避すると、黒い矢のようなものが俺のすぐ横を通り過ぎ、デランの家の壁に深々と突き刺さった。
「シンさん!」
ユキナが即座に反応し、剣を構える。
アリサもデランを庇うように前に立った。
「ユキナさん、アリサ、デランさんから離れるな! 俺は奴らを追う!」
俺は突き刺さった矢が飛んできた方向を鋭く睨みつけ、そう叫んだ。
返事を待つことなく、再び新しいスキルを発動させる。
俺の姿はその場から掻き消え、一直線に森の奥深くへと突き進んでいった。
ようやく姿を見せた敵を、逃がすつもりは毛頭なかった。
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