第29話 新しいスキル

 それから30分ほどのんびりと過ごし、ハングリーベアが荒らしに来る時間になった。

 俺たちは草むらの陰に隠れて荒らしに来るのを待つ。

 しばらくすると、ハングリーベアが四匹ほど森から出てきて、畑の野菜を貪り始めた。


「……来ましたね」


 ユキナが小声で言う。

 俺はそれに頷き、こう言葉を続けた。


「どうやらかなり警戒しているのは確かみたいだ。あの一番小さいのがずっと周囲を見渡している」


 群れの中で立場が低いのか、食事には参加させてもらえていないっぽいが。

 ともかくこのまま放置していてもデランが育てた野菜たちが食われてしまう。

 俺はわざと音を立てて追いかけようと飛び出して――


 …………ん?


 一瞬、何か違和感を覚えた。

 それは嫌な予感ではなく、逆で、何か思いつきそうな予感というか、そんな違和感だった。

 以前、光の線が視えるようになった時と同じような感覚だ。


 しかしその違和感は一瞬で消え、困惑している間にハングリーベアは一目散に逃げていってしまった。


「……やはり逃げ足が早いですね。これ、近くで待ち伏せしていても駄目なんですか?」


 ユキナの問いにデランはこう答える。


「ああ、無理だな。アイツらは嗅覚が鋭いから、これ以上近づくと匂いでバレる」

「なるほど……。それは厳しいですね……」


 考え込むように俯くユキナ。

 しかし俺は先ほどの違和感のことを考えていた。


 あの違和感がもし光の線と同じようなであれば――。

 俺は簡単にハングリーベアを捕まえられるかもしれない。

 俺が違和感の中で感じ取ったのは、一瞬のうちにハングリーベアに追いついているイメージだった。


 ……これを習得できれば、もしかしたら俺の秘密に近づけるかもしれない。

 なぜ今まで力が発揮できなかったのか。

 なぜ四十三になっていきなり才能が開花したのか。

 その秘密に近づくためにも、このスキルを覚醒させる必要がありそうだった。


「シンさん? どうしたんですか?」


 俺がぼんやりとそんな考え事をしていると、不思議そうにアリサが顔を覗き込んできていた。

 俺は意識を戻し、周囲を見渡すと、みんなこちらを見てきている。


 ……そうだな。

 この話をみんなにしてみるか。


「もしかしたら、俺ならあのハングリーベアを捕まえられるかもしれない」


 俺の言葉にユキナが納得したように頷いた。


「やはりですか……。流石はシンさんです。そうなんじゃないかって思っていました」


 何がやはりなのかはわからないが、ともかく俺は過剰な期待をしてくるユキナを無視し、言った。


「ただ、今の状態だとまだ捕まえられない」


 俺が言うと、アリサが不思議そうに首を傾げた。


「どういうことですか?」

「俺は今、とあるスキルを、それを習得できれば間違いなく捕まえることができる」

「……スキル、ですか?」


 俺の言葉にアリサは訝しげに眉根を寄せた。


 この世界において、スキルというのは、一般的ではないものの、別に知られているものではある。

 たまにスキルを持って生まれてくる人間がいる。

 まあ、たまにと言っても、三人に一人とか、そのくらいありふれたものだ。

 そしてアリサたちは、俺が先ほど言った『光の線が視える』というのがそのスキルだと思っているはず。

 そこまではありふれた話なのだが……。


 基本、スキルは一人一つで、一人が二つ以上のスキルを習得していることはあり得ない。

 しかも、スキルというのはである。

 一人で二つのスキル、しかも新しいスキルを習得するなんて話は、間違いなく普通ではない話だった。


「……新しく習得するってどういうことですか?」


 ユキナがそう尋ねてきた。

 俺はそんな彼女に考えながら言葉を返す。


「いや……まだ確証はないんですけど。ただ、感覚として……もしかしたら、スキルを習得できるかもしれない、って感じがしているです」


 俺がそういうと、ユキナは考え込むように指を顎に当てた。


「そうですか……。その感覚がどういうものかわかりませんが、おそらくシンさんの感覚は間違っていないと思います」

「どうしてそう思うんです?」

「だってシンさんの、確かに一つのスキルだけで説明できるものじゃないですから」


 その力ってどの力なんだ……。

 ユキナに何が見えているのか俺にはよくわからないよ……。


 でも、ユキナが言うなら本当な気がしてきた。

 俺の感覚は間違っていないのだと、少し自信になった。


「じゃあ、ちょっとスキル習得に付き合ってくれませんか?」

「いいですけど……何をするんです?」


 俺の言葉にユキナは首を傾げて聞いてきた。

 俺はそれにこう答える。


「いや、別に簡単なことですね。とにかく競いながらダッシュを極めていくだけですよ」

「…………シンさんってこと修行に関してはかなり脳筋ですよね」


 ユキナの呆れたような声が畑に響き渡った。

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