第3話 みんなのために
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「なんですか?この胡散臭いCMは………それにしても、兄さんは今日も遅いですね………あっ、噂をすれば」
「ただいま、
「おかえりなさい、兄さん」
そう言って満面の笑みで出迎えてくれたのは我が妹の澪だった。
「まだ起きていたのか。
「お風呂にします?ご飯にします?」
「⋯⋯いや、食事にしよう。どうせ、お前も食べていないんだろう?」
「はい、では準備しますね」
全く出来過ぎた妹だ。
出来過ぎていて、最近少し困っている。
今日のように遅くなると伝えても、『兄さんが夜遅くまでお仕事をしているのに、どうして私が先に寝れるでしょうか』と言って聞かない。
なによりも小学五年生の妹が朝、よく眠そうにしているのが兄としては心配で仕方がない。
葎を見習って本当に早く寝て欲しい。
「兄さん、今日は大切なお話があります」
そんな妹が食前を運びながら、唐突に切り出す。
「………その入り方は、なんだか心臓がきゅっとなるからやめてくれないか?」
「お説教ではないので安心してください」
また小言を言われるのかと思ったが違ったらしい。
「じゃあなんだ、話って?」
「再来年の話ですが兄さんはやっぱり進学を考えないのですか?」
「もちろん、働きに出るつもりだ。葎と澪、それに
「なら私も進学しません。まだ数年先の話ですけど、私も働きます。おそらく葎も同じ事を言うでしょ」
澪の予想外のカミングアウトを聞いて顔を強ばらせる。
「ダメだ……澪、二人には苦労を掛けたくない」
前から反対されていたが、まさか
「私と葎も、いつまでも兄さんにおんぶに抱っこでいる訳にはいきません」
「お前はまだ子どもなんだから、それでいいんだよ」
「その理屈で言ったら、兄さんだって子どもでしょ」
困った。俺の妹は歳の割に利口すぎる。
なにを言ってもすぐに言い返されてしまう未来が見えるあたり、取れる手段は少ない。
「ところで澪よ、実はケーキを買ってきたんだが」
「わぁーい、兄さん!ありがとうございます。明日、葎とみんなで食べましょう」
俺からケーキを受け取り、キッチンにかけていった可愛らしい妹は、箱を冷蔵庫に入れるとすぐに戻ってくる。
「ごほん……それで兄さん、話の続きですが」
チッ……話を逸らせられなかったか。
「………いいか、澪。お前たちがちゃんと大学に行って社会に出るまでのお金は俺が稼ぐ。何も心配する必要はない」
「この兄さんの分からず屋っ!」
「結局説教をするのかよ………」
俺が悲痛の声を漏らした時、リビングに我が弟の葎が入ってきた。ちなみに葎は澪と双子の兄弟だ。
「少しうるさいよ。兄ちゃん、澪」
眠たそうに葎が言う。
「葎っ。葎からも兄さんに何か言ってください」
「何かって……あーなるほどね。また兄ちゃんのことで葎が説教をしていると」
俺と澪を交互に見て事情を察してこちらに真剣な眼差しを向ける。
「葎は兄ちゃんがいつか倒れるんじゃないかと心配してるんだよ。僕たちのために自分を犠牲にしている兄ちゃんが」
「心配?俺は至って健康だぞ。それに二人が幸せなら別に………」
「そういう所だよ。毎日毎日夜遅くまでお仕事ばっかりで、学生なのに彼女どころかお友達一人しかいない。僕たちが自立した後、兄ちゃん自身の将来はどうなるの?」
「もう一度、言うが二人が元気で幸せならそれでいい。他は何も要らない」
これは本心だし俺のたった二人だけの家族である澪と葎が幸せになってくれればそれでいい。
「私たちは違いますよ。兄さんが幸せになってくれなきゃ、イヤなんです。兄さんはいつも私たちを優先して自分は後回し、そんなの素直に喜べるわけないじゃないですか」
泣きそうに言う澪。
「そうだよ、なんで一番頑張っている兄ちゃんが報われないだよ。兄ちゃんは頭が良くて今は塾でバイトをしているだろ?昔、言ってたじゃん、先生になりたいんだって。今でもなりたいだよね…………それを僕たちのために諦めるってそれはダメだと思う。兄ちゃんはもう十分、僕たちに色々な物をくれた。もう自分のために頑張って欲しい」
自分の兄のことを本当に尊敬していると伝えたそうな葎。
「兄さん、他でもない私たちが自分のために頑張って欲しいと言っているのですから、分かってくれますよね?」
「……その言い方はズルいぞ」
これ以上の問答を拒絶する、俺は澪と葎の願いをそう簡単に拒絶することができない。
「分かってくれたならそれでいいだよ。三人……いや、紅葉姉も合わせれば四人か。僕たちは家族なんだから、兄ちゃんだけが頑張るのはナシだからね」
「そうですよ、兄さん。私たちを頼ってください。それでは改めてごはんにしましょう、いただきます」
「澪、俺も兄ちゃんと一緒にごはん、食べたい」
「葎、あなた夕ご飯食べたでしょ、ほどほどにしてください」
そう言うとどこかほっとしたような顔の澪が台所に入る。葎の顔も見てみるとどこか安心したような顔をしていた。
その顔を見て、俺は折れるしかないんだと察した。
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