プロローグ 2
桐生市は太田市に隣接していて、かつて織物で栄えた古い街で、市街中心には今も古い町並みが残る。
日常の勤務は、
ほぼその時だけ、東武伊勢崎線を使うことになる。
咲子は、
東京に変なあこがれのある世代ではないが、自然が豊かすぎる土地で育った咲子は、
会社員として働くならやはり東京でと、漠然と考えていた。
新宿に本社があるこの会社を選んだのはそのためだが、配属は隣の群馬県で、まったく東京に近づくことなく、こんな所で足止めを食っていた。
本社の研修は、遠方の営業所からの交通を考慮して、いつも午後からであった。
咲子も遠方の営業所にあたる。
その日は、入社時に本社研修でお世話になった、先輩栄養士の
社員割引きで食べられる、系列会社のレストランもたくさんあるのだが、年に何回も来るわけではない新宿に出てまで、食べようとは思わなかった。
森崎もその辺は気を回してくれて、いつもちょっと洒落た感じのレストランを教えてくれた。
本社勤務の森崎は、咲子が入社後十年を過ぎた今、
もちろん仕事でも頼りになる先輩だが、そんなことよりその人柄に、咲子はあこがれていたし救われてもいた。
事あるごとに何か困ったことはないかと気にかけてくれる。
それには当然理由があるのだが、入社して最初に配属になったのは、やはり同じ群馬県の中規模の病院だった。
そこの所長とは折り合いが悪く、ほとんど嫌がらせともとれる扱いを受けて、2カ月余りで退職まで考えるほどであった。
その時に泣きついたのが森崎だった。
最終的に今勤務している、『
先代の所長も頻繁に連絡を取ってくれて、二人が何とかしてくれようとしているのがありがたかった。
咲子も営業所の所長となり、この春からは栄養士を教育する立場になっていたが、周辺の営業所が、クライアントの理不尽な要求に、多大なストレスを感じながら日々何とか過ごしているのに比べ、かなり恵まれていた。
厨房業務委託でクライアントとの日々のやり取りは、相手側の管理栄養士となるのだが、実際特別養護老人ホームなどの管理栄養士は、
一度採用されてその職についてしまうと、福祉施設という性格上、妊娠出産等女性の事情に対しても手厚く、産休を取った後も職場に以前と変わらず復帰できることがほとんどで、退職することがない。
また栄養士には上位職がなく昇進もないので、言い方は悪いが、入れ替わらないので独りよがりになり、仕事に支障をきたすことも少なくはない。
よほど意識の高い人物でなければ、その知識も時代遅れになっていく。
そんな中咲子は、クライアント側の管理栄養士とも仲が良く、もうじき3歳になる娘さん『えりちゃん』を連れて、一緒に食事に行ったりもする。
先代の所長が信頼を得ていたことも大きかったが、会社の中でも例外的に、クライアントと良好な関係を維持出来ている営業所だった。
今回の研修は、午後2時から休憩をはさんで4時間だった。
最新の感染状況と今期の動向、変更のあった法規について。
それ以外は毎度変わらぬ内容で、何もみんながこのがらんとした空間に集まらなくても、各営業所にはパソコンがあるのだからメールで送ればそれで済むんじゃないか?。
たぶん皆がそう思っているに違いない。
人を集めるということが、経営者のある意味力を示すことになっているのだろう。
その品のない感覚の犠牲になっているわけで、その間簡易なパイプ椅子に座りっぱなしで、時間のわりに疲労度は大きかった。
多忙で営業所を離れるのが難しい所長栄養士は、休みをつぶして出席していたりして、冗談じゃないと思っているだろうが、咲子はたまに新宿に出て、人が大勢街を歩いているのを見るのが好きだった。
さほど苦でもなかった。
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