第6話 深読みのし過ぎ
小用で出掛けると言い残したコモンを見送り、レアルは別荘へ戻った。
ついて行こうとしたが、護衛の猫軍団に「シャーッ」されたので諦めたのである。
「あ~あ、オレもついて行きたかったのになぁ~」
なんてことをぼやいていると。
「お兄さまっ! お兄さまはどちらですの!?」
そこへ、コモンの妹であるジーニアスが乗り込んできた。
「やぁ、ジーニー。今日も麗しいね」
「あらレアル様、ごきげんよう。でもわたくし、あなたに用はなくってよ。お兄さまはどちらにいらっしゃるのかしら?」
いいから兄を出せとジーニアスはツンとした表情でレアルに告げる。
このこまっしゃくれた口調が何とも可愛い。礼儀として挨拶もしてくれるし、大人の真似だろうか、レディとして背伸びをしているのが微笑ましかった。
ちょっとおしゃまなだけなのに、兄からは化け物と思われているジーニアスが可哀想だなとレアルは思った。
「もしご用があるなら伝言を承りますよ?」
彼女は大人ぶりたいだけなので、それに合わせてレアルも丁寧に対応する。
歳の差はたった三つとはいえ、この年頃の子供にとってその三年はとても大きい。
だからか、経験の差からレアルでも知能が高いジーニアスの相手はできた。
「あなたいつからお兄さまの従者になりましたの? それに従者なら常に側にいないのはおかしいのではありませんの?」
「アイタタタ……」
嫌味のつもりではなく、純粋に問い掛けてくる。
子爵家のレアルが立身出世のために、伯爵家のコモンの従者になるのは特におかしなことではない。
とはいえ爵位より財力ではレアルの領地であるマドリュートの方が上なので、経済的な援助を受けるために主従関係を結ぶことがない――というところまでは学んではいないのだろう。
まだ彼女は五歳でありほんの少し世界が広がっただけで、覚えたての知識を口にしたいお年頃というやつだ。
だが彼女のおしゃまな口調のせいで、コモンは全てを嫌味と受け取っているだけに、この兄妹の意思の疎通は難しいような気がした。
(だいたいコモンのヤツが深読みのし過ぎなんだよ)
自分がそう考えているから、相手もそう考えているに違いない。そんな思い込みから、ジーニアスの言葉を素直に受け取っていないのだろう。
大人になれば腹の探り合いをするとは言え、子供相手にも腹の探り合いをしているコモンがおかしいのである。
(普段から大人相手に仕事をしているのが悪いのかも?)
貴族階級の立場を利用して、自分より弱い相手に好き勝手する子供もいるが、コモンは民衆のために尽力している。本人曰く「ジーニアスの教育上、よくない知恵を付けさせてはいけないからね」だそうだ。
良くない知恵とは、弱者を虐げる為政者の振る舞いのことだ。
父親の仕事を手伝う傍ら、兄として弱者を救済する手本を示すという考えは良い。
だがその行動原理が全て妹の性格を歪めない為である。
(アイツも素直じゃないよなぁ~。まぁそこがまだまだおこちゃまって気がして安心できんだけどね~)
妙に大人びているのでたまに会話が噛み合わなくなるが、女性の扱いに慣れていないところが子供らしいと言えば子供らしい。コモンに比べればレアルの方がその点では上手だ。三つ下の可愛い妹からの口撃に困り果てている姿は最高に面白いし。
そもそも五歳の女児は、同じ年齢の男児に比べるとはるかに口達者である。
女兄弟というか姉しかいないレアルにとって、ちょっと賢いだけのジーニアスなどまだ可愛いらしいものだった。
(遊びで女装させられたりしないだけ全然マシだもんな!)
「――――ちょっとあなた! 聞いていますの!?」
「うんうん。ちゃんと聞いてるよ。コモンはハンターギルドに行ってるだけだから、その内帰ってくるよ」
「ハンターギルドって……まさかあの怪しげな者たちの溜まり場ですの?」
「怪し気な者たちって……ただのアニマル同好会だよ?」
どちらも間違いだが、ある意味間違ってはいない。
ハンターは主に害獣の駆除や、魔物の討伐の依頼を受ける立派な職業ではあるが、オーディナリー領では他所に比べテイマーが多く集まるせいで、他領からはアニマル同好会と呼ばれている。一種の陰口の様なものだが、一部のテイマーにとっては聖地とされていた。
「同好会ではなく、あの手の者たちは『モノマニア』というのですわ!」
「確かにそうかもね?」
「いまにおかしな宗教を立ち上げる症状がございますのよ!」
「いやもうすでにおかしな宗教っぽいよ?」
特に猫を主として崇め、下僕化している連中にその症状がみられる。
猫のために生き、猫のために死ぬ。それすなわち
確かに害獣駆除に役立っているし、見ているだけで癒されるけれども。中には拝むだけで学力が向上するとか、子宝に恵まれる等のおかしな信じ方までしていた。
コモン曰くポジティブハッピーなだけだから気にする必要はないとのことだが。
あくまでも猫を優先しているだけで、特に人間に危害を加えることはないから害はないのだけれど、愛情の傾け方がおかしいことは間違いない。
「侍女たちの話しによると、ペット同伴のカフェを作ったそうですわね?」
なるほどそういうことかと、ジーニアスに従っている侍女を見てレアルは察した。
彼女たちからコモンが新たに始めた事業について耳にしたのだろう。それを確かめるために兄に会いに来たという訳かと、レアルは一つ頷いた。
「ああ、うん。従魔と一緒に食事ができる施設を作ったらしいよ」
既にハンターギルドがその状態なのだが、テイマー以外のハンターから苦情が出たために、住み分けるべく従魔同伴で食事の出来る施設をこの度オープンしたそうだ。実はその視察のために、コモンは数匹の巨大猫と一緒に出掛けている。
「お兄さまったら、お仕事のしすぎでお気をちがわれたのではありませんの?」
「いやまぁ、そういわれりゃ頭おかしいかもだけど……」
世の中にはペット同伴で、我が物顔でレストランを占拠する貴族がいるにはいるけれど。己のペットを人間と同様に扱っている感覚とはまた違う。下々の者をペットより下に見ているという、一種のパフォーマンスのようなものである。
所謂権力者のお遊びみたいなものだ。
なのでコモンのやろうとしていることは、貴族としては破天荒ともいえた。
「コモンからすると、一緒に仕事をしている仲間だから同等に扱うべきだってさ」
「同等ではございませんのよ! お兄さまと従魔の関係は異常ですものっ! しかもアレではゆうぐうしすぎなのですわ! 上下関係をはっきりさせないのはよくないのですわ!」
わなわなと打ち震えるようにジーニアスがこぶしを握る。
ここだけ切り取って聞くと、ジーニアスが高飛車なように聞こえるけれど。
「しかもお兄さまともあろう方が、あんなお行儀のよろしくない生き物と仲良くなさるなんて、ありえませんことよっ!」
激高したように叫ぶと、ジーニアスは腹を立てて走って行った。
お嬢様として廊下を走るのは、はしたないぞとは言わない。
「あ、君らも早くジーニーを追いかけなよ。転ぶかもしれないから」
「は、はいっ。では失礼いたします!」
レアルは置物のように黙って立っていた侍女に声をかけると、彼女たちも慌てたように「お待ちください、お嬢様~っ!」と叫びながら走って行った。
その姿を見送りながら、レアルはハァ~と溜息を吐く。
「本人の前で素直に『わたくしもカフェに連れて行って下さいまし』って言えばいいのに……」
言わなくとも連れていくべきだと思っている妹と、そう思っていること自体が既に高慢だと考えている兄である。
おまけにジーニアスは判り難いお嬢様言葉で話すものだから、コモンにその真意が全く伝わらないときたもんだ。
「お行儀のよろしくない生き物って、きっと泥棒猫っていう意味なんだろうなぁ」
言われてみれば猫はあちこち勝手気ままにうろついているし、高所に上って人間を見下ろしている。そのくせ下僕という名の飼い主に対しては、甘い声ですり寄るのだから『行儀の良くない生き物』と表現したのだろう。
女だらけで育っているレアルだからこそ、コモンよりはその手の湾曲した表現を読解できるようなものである。だが未だに理解不能な表現を使われるので、非常に面倒臭いとも思っていた。
「いっそ、コモンをオレの姉ちゃんたちに会わせるべきか?」
女という生き物をよく判ってないから拗れるのだろう。あんなに素直に兄を慕っているのに、何故気付かないのだろうか?
「本物の化け物がどういうものか、アイツに確り教えてやんないとな~」
姉という生き物に比べれば、コモンの妹なんてまだまだ可愛い部類なのに、仲良くできないなんて勿体ないなと思うレアルであった。
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