凡才お兄様は悪役気質な妹の性格を矯正したい
明太子聖人
第1話 ボクの妹は可愛くない
伯爵令嬢ジーニアスは産まれた時から様子がおかしかった。
一歳足らずで話せるようになり、二歳で読み書き計算を覚え、三歳で大人顔負けの高い知能を持っていることが判明する。
兄であるコモンは、そんな異常な天才児である妹を嫌っていた。
何故なら妹は五歳児にして、屋敷中の使用人を掌握していたからだ。
誰も彼女には逆らえない。我儘な暴君だからではない。いやそれもあるが。
人は己が敵わないと感じた相手に対し、生存本能として服従する傾向にある。
雇われている使用人であれば尚更であろう。
伯爵令嬢としての身分、他人を支配し服従させる才能、そして美貌まで備え始めている妹に、凡人である兄が勝てるはずもなかった。
だがある日彼は思い出す。
幼い頃から妹の異常行動に気付き、警戒し始めた頃よりもずっとずっと前。
凡人であるコモンにも、一時期天才ではないかと持て囃されていた時期があったことを。
「コモン坊ちゃまは、教える前に既に知っていることが多ございますね」
「きっとどこかで誰かが話していたことを見聞きしているのだろう」
「それを覚えられるだけでも素晴らしい才能でございます」
執事と父親がそういう会話をしていたのを聞いた。それも記憶に残っている。
だが本人にとっては知っていることが当たり前で、既にどこかの教育機関で学んだことばかりだった。
特に勤勉でもなければ、特別に頭が良い訳でもなく、既に持っていた知識であるだけなのに。
「跡取りであるコモン様がいらっしゃれば、オーディナリー伯爵家の将来は安泰でございますね」
そんな風に言われていたことを思い出す。
だが妹が生まれて直ぐに凡人扱いに成り下がってしまったけれど。
まぁそんなことは問題ではない。
過度な期待と重圧に苛まれるよりは気が楽というものだ。
ここではないどこかの世界で、別の人生を送っていたらしき前世の記憶。
だが年齢を重ねるたびに、現世の記憶に塗り替えられ失われる前世の記憶たち。
その前世の中に埋もれていた記憶を掘り起こす。そこには、人は誰もが前世の記憶を生まれながらにして持っているという、風変わりな生まれ変わり研究をした者の話しを聞いたことがあった――――というもの。
その変わり者が調べた結果、言葉を話せるようになる三歳児の十人中七人の割合で何らかの記憶を持っているらしいことが判明したそうだ。
ただ成長とともにその記憶が薄れていくそうだが。
おそらく自分もその薄れゆく記憶を辛うじて保持しているだけに過ぎないため、凡人になってしまったのだろう。コモンの天才ムーブのピークは五歳児までで、丁度その頃妹のジーニアスが読み書き計算をし始めた時期と重なる。
普通よりは賢く聞き分けの良い子共。コモンの評価はそこで終わった。
優秀過ぎる妹の存在によって。
それと同時に、コモンはもっとずっと重要なことに気付いてしまった。
「ラノベだったかなぁ? 転生物が流行っていて、いくつか読んだ記憶が……」
異世界ファンタジーというジャンルでも、特に人気のある転生物の作品である。
中でも人気のテンプレである悪役令嬢物は、男の自分が読んでも面白かった。
そう記憶している。
あくまで女性向けの恋愛物ではあったけれど。ラブコメみたいなノリも多く、男性でも十分楽しめる作品だった。
「乙女ゲームや恋愛小説とか、そういう設定の物語に転生するんだっけ?」
悪役令嬢に生まれ変わってしまった、元は平凡な前世の記憶を持つ主人公たち。
前世の記憶を持っているからこそ幼い頃から優秀で、危機回避のために上手く立ち回る能力を備えている。見た目は子供で中身は大人だからさもありなん。
そして破滅する展開から必死にあがき、困難を乗り越えるところが少年漫画っぽいなと思ったりもしたからだ。
「でもなんか違う……」
妹は前世の記憶持ちの悪役令嬢ではない。
確かに上手く立ち回っているが、破滅に向かうのをどうにかしようと悪戦苦闘しているようには見られない。だって良い子を演じている訳じゃないからだ。
シンプルに知能指数が高い。そのため周りを己の意のままに操っている。
「後なんか、悪役令嬢になるための闇落ちする要素もない」
家庭環境が悪いとか、幼少期に虐待されたとかそういう憐れな要素も全くない。
両親は妹を溺愛している上に夫婦仲も良く、家庭教師たちも優秀なジーニアスを日々褒め称えている。難を言えば優秀過ぎて手に負えない状態であるぐらいだ。
「同情する要素がなければ共感も持たれないもんな……」
コモンはそんな妹ジーニアスの行動を振り返る。
ジーニアスは普段は楚々とした優秀なご令嬢を演じているが、子供なので感情の制御ができず怒りに任せて他害行動を起こすことがあった。
しかも厄介なのが、絶対自分に逆らわない相手を選んでいるという小賢しさである。
幼児期にありがちな癇癪として処理をされているが、大人になれば落ち着くだろうと楽観視しているのは周りの大人たちだけだ。
「動物を虐待してないだけまだマシか……」
そこまでのサイコパスではないが、油断は禁物である。
「でもこのまま成長したらどうなる事か……」
ある意味知能と権力を武器に大人を虐待しているが、それは大人なのだから自分で何とかしなければならない。伯爵家のご令嬢ではあるが相手は子供である。
幸いにして両親は貴族にしては良識があるので、わがまま放題のジーニアスを甘やかしすぎてはいない。寧ろ兄を見習えと言って聞かせるが、反発心の強い妹には逆効果な教育しかしていなかった。
「まだ子供だから矯正できると思い込んでいるんだろうな……」
とはいえ五歳ともなれば、そろそろ子供の社交の場に参加する年齢である。
そこで家格の釣り合う友人を見付け、将来的な己の立場を強めていく。だが同年代の子供にまで、その他害行動の矛先を向けるようになればどうだろうか?
裕福な家庭で育ち、何でも言うことを聞いてくれる周りの大人によって、わがまま放題になってしまった結果。ジーニアスはいずれオーディナリー伯爵家を崩壊に導く存在になる可能性を秘めていた。
「もしかしたら、とんでもない爆弾を抱えている状況じゃないか……これ?」
もしジーニアスが高貴なる王子様や公子様と婚約することにでもなったら。
その相手が我儘で高慢ちきなジーニアスより、お淑やかで明るく素直な性格をした庶民や家格の低い女性と仲良くなりでもしたら。
「一気に他害行動が、加速する……」
これが世に言う正真正銘の悪役令嬢の正しい姿だ。
物語の展開上、そんな悪役にも哀しい生い立ちがあり、読者からは同情を寄せられるものだが。しかしジーニアスは不幸な生い立ちでもなければ、これから先不幸になる要素すらない。寧ろ己の仕出かしで不幸になる自業自得な悪役令嬢だ。
そして己のヤラカシにより、一家諸共ザマァされるキャラクターである。そこに同情の余地はない。家族の描写があるとしても、我儘な娘を育てた罪により一蓮托生扱いで終わる運命に違いなかった。
「どうにかしなければ……」
だが悪役令嬢予備軍の妹を矯正するにはどうしたらいいのだろうか?
愛情が不足した結果捻くれるのであれば、愛情をもって接するのがスタンダードであろう。
そうすればやがて依存するように懐くというのが、お約束の展開なのだが……。
「いや、アイツは愛情だけはたっぷり注がれている」
そもそもジーニアスは兄であるコモンをバカにしている。
バカにしてもいい存在だと、早い段階で気付いたからだろう。
コモンはそんな妹を愛でる自虐趣味もなければマゾでもない。
「ボクの妹は可愛くない……」
どうせなら妹ではなく弟だったらまだマシだったのに。
相手が女性なので殴り合いの喧嘩もできやしない。
男なら拳一発でガツンと殴って上下関係を教えてやれるのに。
三歳の時点で口が達者な相手では、舌戦するしかないが勝てる気がしなかった。
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