事件の真相(一)
静寂な空が春の訪れを影に潜めても、卒業への計時は刻々と進んでいる。卒業間近という事実が、授業に身を沈めることを許さない。彷徨う思考の彼方に、クラスの空気が織り成す微妙な変化が垣間見える。特に、僕が心酔する涼香の不在は、授業に対する意気軒高な情熱に、不可避の影響を与えていた。
彼女が学校を休んで、今日で三日目。
今日で三月に突入し、まもなく訪れんとする週の中頃に、僕らの卒業式が厳かに執り行われる。
この一か月、授業の合間の喧騒の中で、僕と涼香は洞察力を駆使して調査を進め、謎や秘密を解き明かした。その過程の中でいくらかは心の絆も深まったのではないか。思い返せば、まさに幸せの極みであった。彼女と過ごした一瞬一瞬が僕の心の中に刻まれている。
だから、隙間だらけの昼休みは虚しくあった。限られた高校生活を思えば、時の尊さが一層気になり、焦りが募る。刻んできた三年間に後悔の念はないと自負していたが、涼香がいない喪失感に心が揺さぶられていた。
自己嫌悪に駆られ、こんな些細な事柄に執着する自分が痛い。
疑いようもなく、僕は涼香に恋をしていた。
「律希。ちょっといいか?」
帰りのホームルームが終わり、僕は担任の直居に呼ばれた。
「なにか、栗原が休んでいる理由で聞いていることはあるか?」
聞かれたのは涼香のことであった。一日の別れ際の教室は鮮烈な音響風景を創り出して、担任の声は雑音の中に紛れただろう。
「いえ。何も聞いていません。栗原さん、何かあったのですか?」
「いや、知らないならいいんだ。ほら、律希は最近、栗原と一緒に行動してただろ? 何か聞いているのかと思ってな」
直居は首をかく。担任の表情には困惑の色が滲んでいた。涼香は学校を休む詳しい理由を担任の直居にも連絡していないということだろうか。
「僕も何も聞いていないです。無断欠席ってことですか?」
「いや。連絡がないわけじゃないんだけどな……」
直居からは、その先の語句を巧みに避けるような様子が見受けられた。僕が事の詳細を尋ねようと口を開きかけた瞬間、「まぁ。また何か聞いたら教えてくれ!」と、肩を二度軽く叩かれ、直居は困惑したまま教室を立ち去ってしまった。
独り行く道すがら、以前から親しんできた川沿いの経路には、凍えるような冬風がひたひたと流れ込み、心に寂しさをもたらす。
そもそも、涼香は僕に何故近づいてきたのか。頼みやすいのが僕だったからと涼香は述べた。
—―古賀の休職の理由を調べたかったから?
涼香の告げた理由は果たして真実であっただろうか。
振り返れば、掲示板に古賀の不倫の疑惑写真が貼りだされた事件も、帝陵特進カリキュラムの生徒達の弁当が次々に捨てられた事件にも、疑惑は残ったままである。
そして、僕は、涼香に疑惑の目を向けた。
『君は、人体模型が首吊りした事件のことで僕に隠していることがあるよね?』
彼女の返答はこうである。
『やっぱり気がついていたんだね』
否定をすることなく彼女は立ち去ってしまった。
ある仮説が僕の頭に浮かんでいた。涼香は、僕に助けを求めていたのではないか。僕を謎へと導くことで、彼女自身が抱える障壁に気がついてほしかったのではないか。
その考えに誤りがないとすれば、彼女が導いた謎の中に彼女の葛藤が存在することになる。
「やるか」と、僕は心に決めた。
調査の発端から見つめ直すことにしよう。
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