メッセージ④

 捜査が行き詰まってしまった。

 こういう時はブレインストーミングだ。お互いの意見を戦わせていると、意外な道筋が見えて来たりする。

 石川が口火を切る。「秋満も外れですかね。現時点では、事件当夜、晴彦を尋ねて来たという人物が第一容疑者と言えます。その人物の身元を特定することが、事件解決に繋がるでしょう」

「僕は訪問者が辻家を尋ねて来た時間に注目しています」と森が答えた。

 辻晴彦の死亡推定時刻は午後七時から九時の間、訪問客があったのは勇太の証言から七時半以降と見られている。

「訪問者が訪ねて来た時間ですか?」

「ええ。例えば訪問者が、普通に昼間働いている日勤の方だとします。五時半の仕事が終わって、家で夕食を済ませてから、車に乗って被害者宅を尋ねて来たとしたら、七時半から八時位の時間になるのではないでしょうか」

「そうですね」

「被害者宅は田園の中に建つ一軒家でした。訪問者は車を運転して、被害者宅を訪れたのでしょう。訪問者は昼間、普通に働いている方で、被害者宅から車で一時間以内の場所に住んでいる。そう思います」

「被害者宅から車で一時間以内の場所となると、結構、範囲が広いのではないでしょうか?」

「そうですね。では、別の角度からこの事件を見て見ましょう。次に、被害者の遺体の状態が気になります」

「遺体の状態と言いますと?」

「被害者は客間にあった灰皿で殴り殺されたことが分かっています。犯人は咄嗟にテーブルの上にあった灰皿を手に取り、被害者を殴りつけたのでしょう。犯行は計画的ではない、突発的なものであったことが分かります」

「そうですね」

「被害者が後ろから殴られたのだとしたら、それは隙を突かれたことになります。犯人に背中を見せて油断したところを襲われたのでしょう」

「そうですね」と石川が繰り返す。

「もし被害者が前から殴られていたとしたら、どうでしょうね? 現場で遺体を確認した時、左側頭部に傷がありました。犯人が右利きだったとしたら、被害者は犯人が灰皿を手に、襲って来ることに気が付いた。咄嗟に身を守ろうとしたはずです」

 森は両腕を上げて、頭を庇う仕草をして見せた。そして、「腕に防御創と呼ばれる傷跡が残っていることでしょう」と続けた。

「こうですね」と石川が右腕を上げて、相手の攻撃から身を守る仕草を真似て見せた。

「ええ、ええ。そうです」と森が頷く。そして、「被害者が前方から犯人に襲われ、体に防御創が無かったとしたら、どうなるのでしょうね」と言って口を閉ざした。

「体に防御創が無かったとしたら?」

「何だか空恐ろしさを感じてしまいます。被害者は過去に大きな罪を犯していたのかもしれません。目の前に死が迫っても、被害者は逃げることが出来なかった。粛然と過去の報いを受け入れるしかなかった。そういうことになるのではないでしょうか?」

「ええ、まあ」

「僕はそこに、諦めと深い悲しみを感じてしまいます」

「検死報告書を確認してみましょう」

「お願いします」

 石川が検死報告書を確認に行く。係長のデスクに乗っていたはずだ。石川が検死報告書をめくりながら戻って来た。

「ええっと・・・確か、ここに。ああ、ありました。被害者の頭部、左前頭頂部に殴打痕がありました。犯人が右利きだとすると、被害者は犯人と相対した状況で、頭部を殴打されたことになりますね。ウコンさんが言うように、被害者は犯人が襲い掛かって来るところを見ていたのでしょうか? それとも犯人は左利きだった?」

 石川が首を捻る。

「防御創はどうです? 被害者の腕に、防御創は見つかっていますか?」

「防御創ですか?・・・いいえ、ありませんね」

 検死報告書を見る限り、被害者の両腕に傷跡は見られなかった。

 森が言う通り、遺体には左側頭部に打撲痕があった。しかも、検死報告書には、傷跡から見て、正面から殴られた可能性が高いと書いてあった。

 晴彦は客間で、対面に座った相手がテーブルの上にあった灰皿を掴んで立ち上がり、襲いかかって来るのを見ていた。そして、相手の攻撃を交わそうともせずに、無防備に頭部を殴打されて殺害された。

 全てが一瞬の出来事で、晴彦には何が起ころうとしているのか、判断できなかったのかもしれない。だが、森が言う通り、全て分かっていて、それを受け入れたのだとしたら・・・。

 晴彦が敢えて抵抗せずに、犯人の凶行に身を任せたとしたら、その裏には、想像を絶するような、複雑な事情が潜んでいるのかもしれない。

 石川が物思いに沈んでいると、森が「車ですね」と呟いた。

「車?」

「はい。犯人は車に乗って辻家を訪れています。事件当夜、被害者宅近くで、車の目撃情報はなかったでしょうかね?」

「残念ながら、有力な目撃情報はありませんでした。現在、範囲を広げて捜査を行っていると聞いています」

 車の目撃情報を求めて、捜査員が辻家周辺を聞き込んで回っていた。だが、辻家の周りは、のどかな田園風景が広がるばかりで、そもそも隣近所まで距離があり過ぎて、車の目撃情報は皆無だった。

「例のタイヤ痕の分析はどうなっています?」

 国道から辻家への私道の曲がり角の路肩に、タイヤ痕が残っていた。鑑識がタイヤ痕を採取し、車種の特定を行っていた。

「ぼちぼち車種が絞れている頃だと思います。鑑識に行って確認して来ます」

 石川は鑑識に向かった。

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