愛はきっとおあいこ。~きみのとなり。番外編~

🐉東雲 晴加🏔️

愛はきっとおあいこ。①







「ごめんね、咲。俺もう行くから」


 いつもはしっかり見送る光の声だけ聞いて、咲太郎は「んぅ……」と眠い目を擦ってなんとか手を上げた。

 「寝てていいよ」とかすかに笑う声が聞こえて、瞼にちゅっと温かい感触を感じる。光が仕事に行く前に顔を見たかったけれど、重い瞼はもう上がりそうになくて。咲太郎は再び夢の中へ戻っていった。



 昨日は珍しく光のオフが土曜日で、ゆっくり家で過ごした後に咲太郎が泊まっていってくれたから久しぶりに丸一日以上一緒に過ごすことができた。オフが平日だと、まだ学生の咲太郎はなかなか泊まっていってはくれないのだ。泊まっていってくれたとしても、次の日大学があると咲太郎はきちんといつもの時間に起きて身だしなみを整えて出ていく。咲太郎はいつものルーティンが変わることをあまり良しとしないので光としても無茶なことは言えない。ただ昨日に関して言えば、次の日が日曜日だった為に朝早く起きる必要はなくて。光は早朝から仕事だったけれど、朝は一切起きなくていいからと彼を丸め込んで相当好き勝手やった自覚はある。

 

 なんだかんだと文句を言いつつも朝はきちんと起きてくる咲太郎なのだが、流石に今日は起きられなかったらしい。申し訳なく思いつつ、けれどいつもはどちらかと言えば自分の方が寝汚くて起きられないのに咲太郎の寝顔がみられて満足だ。

 呼んだタクシーに乗ってスタジオに向かう途中、マネージャーからの連絡事項をチェックしていたらポコ、とメッセージが入った。


「あれ、煌兄こうにい? なになに……」


 メッセージを読んでさあっと蒼くなる。


「うわ! ヤバ! 忘れてた!!」


 メッセージ画面には『今日仕事だから、昨日貸した車のキー返して欲しいんだけど』の文字。光は慌てて咲太郎のメッセージ欄を開いた。



 



 ピンポーン、と遠くでドアのチャイムが鳴った気がして咲太郎の意識は浮上した。


 一度目の音は気の所為だと無視をした。


 光のマンションはオートロック式でエントランスでパスワードを入れるかカードキーをかざさなければマンションにすら入れない。そもそも、このマンションは光の親が所有するマンションで一ノ瀬家のものであり、光の部屋のある階から上は光と光の兄しか住んでいない。よって、部屋のチャイムを鳴らすのは、エントランスから連絡してきて通された宅配業者か本人……という事になる。

 宅配が届くということは聞いていないし、本人は仕事に行ったのだからチャイムを鳴らすはずがない。気の所為だと思って再び寝かけたが、続けてピンポンピンポンとチャイムが鳴ったことで咲太郎は重い目を擦った。


 こんなにセキュリティが高いマンションで変質者ということもないだろうし、光がなにか忘れ物でもしたのか? と回らない頭で考えながら玄関に向かう。一応インターホンの映像を確認すると見慣れた色素の薄い髪色が目に入った。いつもだったら考えられないことだが、完全に寝起きだった咲太郎はなんのとまどいもなく玄関の鍵を開けて――


「……んだよ、忘れ物?」

「――――」


 ドアの前に立っていた人物と視線があってたっぷり3秒後、「――君が成宮 咲太郎くん?」と光によく似た、けれど光ではない人の声に固まった。




 


(ヤバイヤバイヤバイ……! ドア開けちゃった……!! ……だれ!?)


 咲太郎は完全にパニック状態だった。

 光だと思って出たのに、相手は全然知らない人物で、それなのに何故か相手は自分の名前を知っている。これはすぐにドアを閉めた方がいいと頭では解っているのに、寝起きでパニクった状態の体は全く動いてくれない。「え……あ……」とまともな言葉が出てこない咲太郎に、目の前の人物は小さくため息をついた。


「……光から聞いてない? あ、俺は光の兄の煌です。光に貸した車のキーを返して貰いに来たんだけど……場所知ってる?」


 男――煌の言葉に、咲太郎は魔法が解けたかのようにハッとした。


(光のお兄さん!? ――あ、上の階に住んでるっていう!?)


 よく見たら煌は咲太郎が光と見間違えたのも頷ける色素の薄い髪色に、光よりちょっと猫目がちだけれど顔立ちも彼とよく似ていた。咲太郎は慌ててキーを取りに踵を返す。


「あ……ハイ! わかります、ちょっと待っててくだ――」


 急いで部屋の中に戻ろうとして足がもつれた。玄関の低い段差に躓いて、玄関から上がったところで情けなく尻餅をつく。


「いって……」

「大丈夫かい?」


 心配そうに煌に声をかけられて「大丈夫です――」と返しかけてはたと咲太郎は気がついた。


 ――いま、じぶんはどんな格好をしている?


 いつもなら、きちんと起きて身だしなみを整えているのに、今日に限ってはまだ寝間着だ。


 いや、寝間着ならまだいい。


 昨晩は調子に乗った光と色々あって、最後の方はもう意識が朦朧としていた。だから自分で服をきちんと着た記憶がない。恐る恐る見下ろした自分の格好は、下着はきちんとつけているものの、上は光の着ていたオーバーサイズのTシャツ一枚で――下は下着と素足のまま。しかも自分は今尻餅をついていて……


「○×△☆♯♭●□▲★※!?」


 急に赤くなったり青くなったりして固まってしまった咲太郎に、煌は苦笑しながら咲太郎を助け起こした。


「……落ち着いて。まったく、光のヤツ……。ごめんね、咲太郎くん。このあと俺、仕事でね。車が必要なんだ。鍵、取ってきてくれる?」


 半泣き状態になりながら、なんとかハイ、と答えて鍵を取りに行く。テーブルにおいてあった鍵を掴んだついでにスマホを開いたら、画面に大量の光からのメッセージのや着信の通知が見えた。

 車のキーを煌に手渡すと、煌は「ありがとう」とそれを受け取ってくれたが咲太郎はとても顔が上げられない。


 「友達が泊まりに来てるから連絡しておくって光には言われたんだけど……聞いてなかった?」


 そう言った煌に「スマホ、マナーモードになってて……」スミマセン、と小さな声で返す。

 煌の口から小さく吐かれた息に、冷や汗が止まらない。


「……時間ないから俺はもう行くけど……咲太郎くん」


 ハイ、と答えた咲太郎に煌はトントン、と自分の首を指さした。


から、気をつけた方がいいよ?」


 そう言ってじゃあ、と出ていった煌に咲太郎はポカンとしたが、玄関の鏡に写った自分の首筋を見て「し、死にたい!!」と真っ赤になって崩れ落ちた。





【つづく】


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