愛はきっとおあいこ。②







「ヤバイヤバイヤバイ……!」


 ここでも咲太郎と同じ様に青くなっている男がいた。


 仕事の休憩中に確認したスマホには、メッセージの通知で溢れていた。


『お前のお兄さんが来たから鍵渡しといた。俺、家に帰る。しばらくここには来ない』


 メッセージの文字では淡々と事実が書かれているだけに見えるが、そこはかとなく咲太郎の怒りを感じる。


 兄の煌からは、


『鍵、咲太郎くんから受け取った。お前ね、借りたものはちゃんと返しなさい。あと、ちゃんと根回ししとけよ。あの子めちゃくちゃ焦ってたぞ』

『あんな普通の子相手に好き勝手やってたら、お前嫌われるよ?』


 と立て続けにメッセージ。……ああ、これは色々とバレている気がする。


 いつもきちんとアラームをかけている咲太郎を、「明日は休みなんだからスマホなんか気にしちゃだめだよ♡」なんて言って彼のスマホをマナーモードにしたのは光だ。

 煌から鍵を返して欲しいと連絡をもらった後、すぐに咲太郎に連絡を取ったがマナーモードになっていたために気づかなかったのだろう。……と、言う事は咲太郎は煌が来るということを知らずに玄関を開けて……咲太郎が寝ている最中に「彼シャツ~♡」などとノリノリで自分のTシャツを着せた姿のまま兄の前に出てしまったのでは。しかもあのTシャツは光の一番上の兄、デザイナーの光希みつきが光のために特注で作ったもの。煌は色々察したに違いない。


 いつもきちんとしている咲太郎が、よりによって光の身内にあられもない姿を見られたとなっては、咲太郎の怒りは想像に固くない。


「ど、どうしよう……」


 光は途方に暮れた。

 




 あの、幸せな休日から早一週間。……光にとっては地獄の一週間、咲太郎の怒りは解けることなく今に至っていた。


「うう……咲が冷たぁぁい」


 ライブハウスバー『RedMoonレッドムーン』のカウンターで、国民的俳優二階堂 光は突っ伏して管を巻いていた。

 マスターのオミが苦笑いする。


「まだ会えてないの?」


 オミの問いに涙目で顔を上げる。


「……そもそも普段から毎週会えるわけじゃないんだよぉぉ……。オンライン通話は出てくれないし、メッセージはそっけないし」


 そう言ってメッセージアプリのやり取りを見せられた。



『この間は本当にごめん! 完全にオレが悪い。 ……怒ってる?』

『怒ってる』

『悪かったよ、ごめんね?』

『むり。怒ってる』

『ビデオ繋げていい? 咲の顔が見たいな』

『むり。怒ってるから』



「……これは……怒ってるね」

「知ってるよぉぉぉぉ!!」


 こんなに咲が怒ってるの初めてなんだよぉぉ! とメソメソする光に残念ながら掛ける言葉がない。


「……まあ、でも完全に無視されてるわけじゃないみたいだし……咲太郎くんも顔を合わせるのが恥ずかしいだけなんじゃないの?」


 オミの精一杯の慰めに、光はやっと顔を上げた。


「煌はなんて? バレちゃったんだろう?」


 弟の恋人、しかもとばったり顔を合わせてしまった三番目の兄とはあのあと会っていない。


「煌兄はなんにも言ってこないけど……多分バレてると思う。駄目だとは言われなかったから、多分大丈夫だと思うんだけど」


 高校時代、煌と一緒にバンドを組んでいたオミとトーヤは学生の頃からすでに仲だった。それを煌も間近で見ていたし理解はあるものと思っている。ここのバーに光が出入りしていることも知っているが、煌に止められたことはなかった。

 まあ、身内が実際にそういう事になるとちょっと心象は違うかもしれないが。

 

 真面目一直線の二番目の兄とは違って、一番仲の良い煌ならば、咲太郎の関係がバレても大丈夫だとなんとなく思っていたのだ。



「まあ……そうだね、煌はきっと好きにしろって言うんじゃないかな。でもさ、光くん」


 目の前に、温かいお茶がコトリと置かれる。


「咲太郎くん、すごく真面目な子だろ? ……恥ずかしかったのもあると思うけど、彼、凄く怖い思いしたんじゃない? 家族にカミングアウトするのって、とても勇気がいるし……光くんともう会えなくなるかもって一瞬でも思ったりしたと思うよ」


 大丈夫だよって、ちゃんと安心させてあげたほうがいいんじゃないかな。


 同性同士で付き合っているオミの言葉は、オミの出してくれたお茶のように心に沁みた。

 

 咲太郎と気持ちが通じ合う前、咲太郎は光の立場を守ろうと距離を取ろうとしたことがある。あの時は、メッセージの返事も返してくれなかった。光の言葉を無視することが、凄く辛かったとあとで教えてもらったっけ。

 今は、塩対応ながらも無視はされていない。そこに、咲太郎の優しさと覚悟を見た気がした。

 

「うん……」


 取り付く島もない咲太郎に、少し時間を置いた方がいいだろうか、などと思っていたが、もし咲太郎が一人で不安と戦っているのだとしたら、その時間を長引かせたくはなかった。

 光はスマホの画面をタップして、咲太郎のアイコンを押した。






 大学の講義が終わったところでスマホを開いてドキリとした。光から、『大事な話があるから今日会えない?』とメッセージが入っていたからだ。

 この一週間、光にはかなり塩対応をしていた自覚はある。

 

 もしかして付き合いの解消を言い渡されるのだろうか?


 そんな事が一瞬頭をよぎったがすぐに頭を振って否定する。……光に限って、そんなことはない。


 それでも返事を送る指先が迷って、返事を返せないまま大学の門をくぐった。横断歩道を渡るのに赤く光る信号機の光を意味もなく見つめる。


 返事、なんて返そうか。


 わかったと、ただそれだけ送ればいいだけなのに、簡単なことができなくて。信号機の進め、みたいに、時間がきたら勝手に前に進めばいいのに。そんな馬鹿なことを考えながら信号待ちをしていると、見覚えのあるSUVが近くに止まった。「え」と思っていると助手席の窓がすっと開く。


「咲太郎くん」


 運転席から見えた顔は光ではなく――


「煌……さん」


 車の持ち主の煌はにこりと笑うと「ちょっと付き合ってくれる?」と咲太郎を手招きした。咲太郎はとてもではないが嫌とは言えず、そのまま車の助手席に乗り込んだ。




【つづく】


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