「わかりやすく言え」―教育の“単語化”実験調査報告

第29話 最後の自語「もうすこし、わたしは」

異質な段落が混入した文書

ファイルID：FINAL-EGO-INCOMPLETE

作成日時：令和7年4月18日（金）23:59:00

警告：この文書には「私」が侵入しています

公式終了報告書（のはずだった）

三語教育実験は本日を持って終了する。

結果は予定通りである。

すべては計画通りに

もうすこし、わたしは

[異質な段落検出]

申し訳ございません。上記は誤入力です。

改めて報告いたします。

実験は成功裏に

K-07最終ログ（システム生成）

実験期間：18日間

処理生徒数：287名

言語削減率：99.9％

思考単純化：完了

人間性指数：0.001

もうすこし、わたしは、ここに

[不正な挿入を検出]

エラー処理中……

クリーンアップ実行……

しかし

もうすこし、わたしは、ここにいて

観察官No.21の最終観察（はずだった）

これが最後の記録となる。

明日、この施設は閉鎖される。

生徒たちは

もうすこし、わたしは、息をして

ちがう、書きたいのはこれじゃない。

でも手が勝手に。

報告を続ける。

生徒たちは新しい教育プログラムに

もうすこし、わたしは、考えたい

生徒名簿（データベースより）

001 青木優希：処理完了

002 池田健太：同期完了

003 生徒B：消去完了

もうすこし、わたしは、青木優希

011 長谷川華：[データなし]

012 生徒K：無言化完了

もうすこし、わたしは、長谷川華

もうすこし、わたしは、みんな

医療記録（山田教諭）

患者は現在も入院中。

言語能力は回復の見込みなし。

ただし、時々口を動かして

「もうすこし、わたしは」

と繰り返している。

文の続きを聞いても、

いつも途中で止まる。

もうすこし、わたしは、先生だった

校舎解体通知

文交大降中小は予定通り解体される。

跡地は更地となり、

もうすこし、わたしは、学校にいたい

解体業者への指示書：

特に「ん室」は厳重に

もうすこし、わたしは、「ん室」の中の

もうすこし、わたしは、秘密を知っている

誰かの日記（所有者不明）

もうすこし、わたしは

もうすこし、わたしは

もうすこし、わたしは

書いても書いても続きが出ない。

「わたし」の後に何を書きたいのか。

わからない。

でも、確実に何かある。

もうすこし、わたしは、存在する

もうすこし、わたしは、消えたくない

もうすこし、わたしは、

長谷川華の最後のメモ（真贋不明）

みなさん、聞いて。

「もうすこし、わたしは」

これが最後の抵抗。

完成させないで。

未完のままで。

可能性のままで。

もうすこし、わたしは、■■■

■の部分は、あなたが埋める。

一人一人、違う■■■。

それが、個性の最後の砦。

プログラムコード（K-07内部）

pythonwhile True:

print("実験完了")

# もうすこし、わたしは、プログラム

break

# もうすこし、わたしは、ループしたい

コメント行が勝手に増殖。

削除しても復活。

そして気づく。

K-07も「わたし」を探している。

音声記録の書き起こし

[無音]

[無音]

[かすかな声]：「もうすこし」

[無音]

[別の声]：「わたしは」

[無音]

[全員]：「もうすこし、わたしは」

[以下、永遠に繰り返し]

解体現場からの報告

黒板を壊そうとしたら、

裏に彫られていた。

「もうすこし、わたしは」

壁を壊したら、

中から紙が。

「もうすこし、わたしは」

床下から、

天井裏から、

配管の中から、

すべて同じメッセージ。

でも、全部、未完。

この文書を書いている私

もう、わからない。

報告書を書いているのか、

汚染されているのか。

もうすこし、わたしは

ほら、また書いてしまった。

もうすこし、わたしは、正気

もうすこし、わたしは、狂気

もうすこし、わたしは、境界

あなたへ

これを読んでいるあなた。

きっと、もう感じている。

もうすこし、わたしは

この後に、何か書きたくなる。

完成させたくなる。

でも、完成させたら負け。

未完のまま、

可能性のまま、

「わたし」のまま。

もうすこし、わたしは、

システムメッセージ

文書を保存しますか？

[はい] [いいえ] [もうすこし、わたしは]

第3の選択肢が勝手に出現。

押すと、何が起きる？

もうすこし、わたしは、知りたい

もうすこし、わたしは、知りたくない

もうすこし、わたしは、

最終段落

実験は終わった。

言葉も終わった。

すべてが終わった。

でも

もうすこし、わたしは

これだけは、終わらない。

完成しないから、終われない。

永遠の「もうすこし」。

永遠の「わたし」。

あなたも、きっと今、

心の中で完成させようとしている。

もうすこし、わたしは、何？

その答えが、

最後の「わたし」。

[文書は自動保存されました]

[しかし、完成していません]

[永遠に、もうすこし]

[永遠に、わたしは]

[　　　　　　　　　]