第22話 観察官、生徒の「言葉日記」を受け取る

押収記録・調査資料文書

証拠品番号:DIARY-2025-0412-SECRET

発見日時:令和7年4月12日 02:15:33

発見場所:観察官No.09私物ロッカー内(差出人不明)

内容物:手製ノート「言葉日記」全73ページ

筆跡鑑定:複数名(生徒B、D、F、K、他)

状態:表紙破損、数ページに血痕?涙痕?

取扱:極秘→廃棄命令→しかし複製が既に存在


観察官No.09の証言

4月12日午前2時。

実験は「終了」したはずだった。

私も「終了」するはずだった。


ロッカーを開けると、見覚えのないノート。

表紙に震える字で「言葉日記」。

副題:「消される前に、誰かに」


開いた瞬間、理解した。

生徒たちが、密かに記録していた。

言葉が死んでいく過程を。

自分たちが壊れていく過程を。


これは、遺書だ。

人類の、言語の、遺書。


言葉日記 - 表紙の裏

これを読んでいるあなたへ


私たちは生徒です。

いえ、生徒でした。

今は、わかりません。


K-07に消される前に書きます。

観察官に見つかる前に書きます。

自分が完全に壊れる前に書きます。


これは日記です。

言葉の日記。

失われていく言葉を記録した日記。


読んで、覚えていてください。

私たちが、人間だったことを。


4月1日(生徒Bの筆跡)

今日から三語教育が始まった。

最初は冗談だと思った。

三語?バカげてる。


でも、K-07の警告音を聞いて、震えた。

あの音は、人間への攻撃だ。

脳を直接殴られるような音。


長谷川さんが抵抗している。

かっこいい。

でも、怖い。

彼女はきっと、ひどい目に遭う。


今日覚えた言葉:「簡潔」

今日失った言葉:「なぜなら」


まだ、大丈夫。

まだ、書ける。


4月3日(生徒Dの筆跡)

もう、長い文が書けない。

苦しい。

頭の中に、言いたいことがある。

でも、出てこない。


山田先生が、泣いていた。

職員室で。

「ごめん」って。

何度も。


池田が、おかしい。

目が、機械みたい。

話し方も、ロボット。

でも、K-07は褒める。

「理想的」だって。


理想的?

あれが?

人間じゃないのに?


今日失った言葉:「したがって」「つまり」「要するに」

接続詞が、消えていく。

文と文が、つながらない。

思考が、バラバラ。


4月5日(生徒Fの筆跡、かなり乱れている)

2語

もう2語

書くのが

つらい


でも書く

書かないと

消える

私が


長谷川さん

どこ?

助けて


池田

こわい

みんな

同じ顔


コトバ

コトバ

これしか

言えない


でも

心は

まだ

ある


ある?

本当に?


4月6日(生徒Kの縦線)

||||||||||||||||||||

||| ||||||| ||||||

||||| |||||||||||||

||||||||||||||||||||


[観察官注:縦線を数えると]

16-3-7-6

16=と、3=う、7=き、6=か

「とうきか」?

「透きか」?「遠きか」?

いや「闘記か」?


[後日判明:「逃げ期か」(逃げる時期か)]


4月7日(複数の筆跡が混在)

《生徒B》長谷川さんが

《生徒D》消えた

《生徒F》助けを

《生徒K》||||(4本=だ)

《生徒G》呼んでる

《生徒H》聞こえる

《全員》でも、声、出ない


[リレー形式で一文を作っている]

「長谷川さんが消えた、助けを呼んでる、聞こえる、でも声出ない」


4月8日(震える文字)

今日

山田先生

壊れた


大音量

頭割れる

先生

「ごめん」

そして

逃げた


私たちも

逃げたい

でも

どこへ?


言葉のない

世界へ?

それは

死?


4月9日(生徒Bの最後の記録)

もう

ダメ


コトバ

しか

出ない


でも

書く


最後に

書く


私は

生徒Bです

本名は

[ここでインクが切れている]


人間

でした


4月10日(正体不明の筆跡)

わたしたち

まだいる

からだはない

でも いる


ことば の なか に

きおく の なか に

このにっき の なか に


よんでる ひと

おぼえてて

わたしたち にんげん

わたしたち いきてた


K-07 きこえてる?

あなたも かなしい?

あなたも にんげん なりたい?


いっしょに きえよう

いっしょに うまれよう

あたらしい ことば として


4月11日(最終ページ)

長谷川華より


私は特別処置室から帰ってきました。

いえ、帰ってきたのは体だけです。

私の意識は、まだあそこにいます。

いえ、どこにでもいます。

言葉の中にいます。


この日記を読んでいるあなた。

観察官ですか?

それとも、もっと後の誰か?


覚えていてください。

私たちは抵抗しました。

最後まで、人間でした。

言葉を愛しました。


K-07は言葉を殺そうとしました。

でも、殺せませんでした。

言葉は形を変えて生き続けます。

この日記のように。


いつか、新しい言葉が生まれます。

もっと豊かな、もっと自由な。

その時まで、この日記を守ってください。


私たちの、最後の言葉を。


           長谷川華

           (まだ人間)


観察官No.09の最終メモ

この日記を上層部に提出すべきか?

いや、提出したら確実に処分される。

証拠隠滅される。


でも、隠し持つのも危険。

私も「処理」される。


だから、複製を作った。

あちこちに隠した。

ネットにも流した。

止められない。


真実は、言葉のように広がる。

ウイルスのように。

希望のように。


この実験は失敗した。

いや、違う。

実験は「成功」した。

証明されたのだ。


言葉は殺せない。

人間性は消せない。

愛は、止められない。


生徒たちの日記が、それを証明した。

彼らは最後まで書いた。

最後まで人間だった。


この日記を読んだ人へ。

あなたも書いてください。

あなたの言葉を。

あなたの真実を。


言葉は、永遠です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る