第17話 別れ道

ㅤその後も、ショッピングモール内を歩き回って色々眺めていると、いつの間にか時刻は午後の四時を回っており、そろそろ解散の時間が近づいていた。


ㅤ本屋さんにゲームセンター...色々と見て回ったけれど、どれも楽しくて、あっという間に時間は過ぎてしまっていて。名残惜しいけれど、すごく楽しかった。


「もうこんな時間かー。楽しいと時間がすぐ過ぎちゃうね。」

「時間は人の内に在る物。忘れて仕舞えばたちまち過ぐ。」

「美月ちゃんもそう思ってくれたの?」

「...私は常に此れを眺めて居る故、時間を忘れた事は一時も無い。」

「素敵な懐中時計ですよね。随分年季が入っているみたいですけれど、誰かから貰ったんですか?」


ㅤそう雫ちゃんに聞かれると、美月ちゃんは少し顔を背けて、こう呟いた。


「...時間の無かった者から、貰った。」


ㅤそんなふうに言う美月ちゃんは、どこか哀愁を漂わせていて。きっと、時間の無かった者、というのは、美月ちゃんの死んでしまった親しい人の事なのだろう。


ㅤ私たちは雰囲気からそんなことを察してしまい、それ以上話題を広げようと思えなかった。


「はい。私の話、御終い。」


ㅤ気まずい雰囲気を察したのか、パンと手を鳴らし美月ちゃんが自分で話を切り上げる。私たちはその気遣いに安堵し、私たちの帰る道へと歩き出した。


「私も未熟。斯様な恥を晒して仕舞う何て。」


ㅤ美月ちゃんの呟きが、私の耳だけに響く。きっと誰も聞いていないだろうけれど、私には少しだけ聞こえてしまう。美月ちゃんは、意外とお茶目で、それでいて完全に弱みが無いわけでは無いんだな、とか、少しだけ思う。


ㅤふと、雫ちゃんの手が自然に私の手に触れる。その顔を見上げると、いつも通りの落ち着いた雰囲気で微笑んでいる。


ㅤどうしてか、2人だけの時は緊張してばっかりだったのに、みんなの前だと普通にできる。


「あー!私も手繋ぐ〜!」


ㅤそう言って心ちゃんも私の手を、その大きな両手で包み込む。


ㅤ幸せだなぁ。なんて思っていると、1人、突然方向を変えて私たちとは違う方に歩き出す。


「私、此方こっちで用事が有るから。じゃあね。」


ㅤ美月ちゃんはそう言い、寂しさを感じる前にどこかへ消えるように駆け足で行ってしまった。その姿が見えなくなったあたりで、雫ちゃんが口を開く。


「会った時から思っていたんですけど、不思議な方ですよね。」

「そうだねー。美月は確かによく分かんないやつだけど...私と光とは中学校から仲良くやってくれるし、何より頭がいいんだよね。私たちが今の高校に来れたのもアレのお陰だし。」

「美月ちゃん、すっごく頭いいんだよ。多分もう高校で習う範囲全部理解してるんじゃないかな。」

「高校の範囲どころで済むんかねー...」

「ますます不思議な方ですね...」


ㅤ確かに、美月ちゃんの事を話そうと思ったのに、これじゃもっと不思議に思っちゃうよね。そう思うと、ちょっとだけ笑いが込み上げてくる。


ㅤ私と美月ちゃんが会ったのは...秋、冬?だっけ...?あれ?いつの?2年生?


「ねえ心ちゃん、私が聞くのも変かもしれないけどさ、私と美月ちゃんが会ったのっていつだっけ。」


ㅤそんな疑問を口にすると、心ちゃんはちょっとだけ硬直して、目を逸らしながら答えた。


「2年生の...冬...じゃないかな。」


ㅤそう答える心ちゃんの目はどこか泳いでいて、確信は得られなかったけれど。きっと心ちゃんだから私のことは何でも知っているんだろう。そう思えたので、その言葉を信じることにした。


「そっか。私ったら、ほんと忘れっぽくて。いつもごめんね、心ちゃん。」

「あ、はは...うん、そうだね。全く、光はおっちょこちょいで、私がいないとだめなんだから。」

「えへへ...」


ㅤ雫ちゃんはその問答を見て、不思議そうな表情をしている。確かに、自分の悪い所を指摘されてへらへらしてるのは変かもしれない。だけど、心ちゃんが私を守ってくれるって言ってくれるのが嬉しいんだから、仕方ない。


ㅤそのうちに、私たちが別れる道まで来てしまった。雫ちゃんとちょっとの間お別れなのは寂しいけど、月曜日にはまた会えるよね。


ㅤまた会えるから、そう思って、私は笑顔を作って大きく手を振る。


「じゃあねー!また学校で!」


ㅤそう言ったその刹那。雫ちゃんは目を見開いて、こちらを見つめる。次の瞬間、雫ちゃんは振り返って、そそくさと走り出してしまった。


「雫ちゃん?!」


ㅤ買った帽子が頭から落ちて―それなのに、気づかないのかその足を止めない。


ㅤ思い出が落ちて消えてしまうような気がして、急いでそれを拾い抱える。


ㅤ私たちが帽子を拾った頃には、雫ちゃんの姿は見えなくなっていた。


「雫ちゃん...どうしちゃったんだろう...」

「まあ、急用を思い出したとかじゃないの?きっと家庭のことで色々あるんだよ、あの立場だし。」

「そっか...でも、また月曜日には会えるよね。」

「そうだね、また学校で会えるよ。」


ㅤ心ちゃんは私を慰めながら、頭をぽんぽんと撫でてくれる。


ㅤもし月曜日、雫ちゃんの顔が見れなかったらどうしよう。そう思って不安になって、私はキーホルダーをそっと撫でる。


ㅤ春の桜が私と雫ちゃんを繋げたように、きっとまた、ちゃんと会わせてくれるよね。

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