第18話 気づき
ㅤあの時。
ㅤ入学式の朝、桜舞う道で。
ㅤ小さくて、かわいらしい子が居た。
ㅤ桜の花びらが、その大きく違わない色の髪の上にあったのを見て、微笑ましく思った。
ㅤそっと、取ってあげようとして近づくと、こちらに気づいたみたいで、振り向かれてしまう。
ㅤその、私を見上げる大きくて澄み切った瞳に、私の心臓が射抜かれたような気がして。
ㅤ絶対に、友達になりたいと思った。一緒に居たいと思った。隣でその目を見つめていたいと思った。
ㅤだから、勇気を出せた。
ㅤそして、私のこの想いは、日に日に大きくなっていって。
ㅤそして今日、一緒に出かけて気づいた。
「これって、友達に抱く感情...?」
ㅤ今日、その想いに気付いた私はベッドの上で足をじたばたさせていた。こうでもしないと身体の熱が暴れだしそうで仕方がない。この気持ちを自覚する度に心臓は五月蝿くて、呼吸も覚束なくなっちゃって。落ち着こうと目を閉じる度にあの子の笑顔が鮮やかに浮かんでしまう。
ㅤ別れの時、あの子が笑顔で手を振ってくれて、また会おうって言ってくれて。嬉しかった。思わず駆け寄って、その小さな体を抱きしめそうになったけれど、この関係を壊したくなくて、怖くて、背を向けて逃げてきてしまった。その勢いで帽子まで落としちゃったけれど、それでも振り返ることは出来なかった。寂しさを塗り替えるように、身体の奥から込み上げてくる熱が私の中全部を染め上げていく。
ㅤ小説やドラマで何回も見たことがある。
ㅤこれは...「恋」という感情に違いない。
ㅤでも、女の子なのに、女の子に恋しちゃうなんて。私はきっとおかしいんだ。
ㅤ...勇気を出して、お母様の部屋に行くことにしよう。お母様は、いつでも私の話を親身になって聞いてくれるから。
「お、お母様、その...」
ㅤ顔を隠すように枕を抱えて、お母様の前に来ても、やっぱり言い出せない。こんなこと話しても、気味悪がられたりしちゃうんじゃないかと勘ぐってしまう。
「...なんですか、雫。こんな遅くに。」
ㅤお母様は、怪訝な顔で、こちらの目を見据える。そんなお母様がちょっとだけ怖くて、不意に枕で顔を全部覆ってしまう。
「突然すみません、その...本当に突然で、申し訳ないのですけど...女の子が、女の子を好きになるのって、ダメなんですかね...?」
ㅤ前が見えないから、顔はよく見えないけど、少しだけ呼吸が乱れたのがわかる。予想外だったのか、憤りを感じてしまったのか、まだわからない。
「...ダメとは言えないでしょうね。」
ㅤそういいながらも、お母様の声はちょっとだけ不機嫌そうな様子を伺わせる。やっぱり、こんな質問をするべきではなかったのかもしれない。
ㅤそんなことを思っていたが、少し落ち着いたような雰囲気で、だけど先程よりも真剣そうなトーンで、また話し始めた。
「だけど、それは多くの試練と共にいることとなるでしょう。当然、生涯を共にしたいと思えば相手に好かれなければならないし、世間的な視線も冷たく、特異な物を見る目で見られることさえあるでしょう。それに...」
ㅤお母様は、そっと枕を除け、私を射抜くような目でこちらを見る。
「貴女の未来が、他者とは大きく異なる...つまり、先例の少ない、不安定なものとなるでしょうね。」
「...そう、ですよね。」
ㅤお母様は、その先見の明で数多の成功を収めてきた。堅実で、現実的。そんなお母様は私の憧れで、だけどそんなお母様だからこそ、こういう事には否定的だと、心の中で薄っすらと思っていた。
「...しかしその愛が真なるものであると証明できるのならば、貴女の道を行きなさい。」
「え、それって―」
「私はこういうことには明確に答えは示したくないのだよ。ただ...愛娘に、自分の生きたいように生きて欲しいだけ。ただ、その先が暗いものと成らないように気をつけて欲しいだけさ。」
ㅤ予想外の答えに、思わず息が詰まる。私の生きたいように、私の道を行く。そんなことを私に言ってくれるとは思わなかった。
ㅤ仕事を終えたらしいお母様は、席を立ち、ペンを置いて寝室の方へ歩みを進める。
「もう夜も遅いから、早く寝なさい。」
「はい、わかりました。おやすみなさい。」
ㅤバタンとドアが閉まる音に続いて、私も自分の部屋に戻る。
ㅤその夜、ぬいぐるみを抱き抱えて考える。
ㅤやっぱり世間的に見て、同性の事を好きになるというのは、一般的な「普通」ではないのだろう。
ㅤでも、この想いは...やっぱり恋だと思う。私はあの子のことが好きなんだ。
ㅤ月曜日になって学校が始まったら、どんな顔をしてあの子の隣にいればいいのかな。
ㅤ熱くなった顔が隠しきれないほどに赤く染まっているような気がして、誰にも見られていないのにぬいぐるみで顔を隠して何も考えないように目を瞑った。
ㅤ瞼の裏に光ちゃんの輪郭が見えて、好きをより強く自覚させられる。私の体はますます熱くなり、終いには眠りに就くことさえできなかった。
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