第31話 模試の数字、尊い揺らぎ
十月。
冷たい風が窓から入り込み、校舎の空気が少し引き締まっていた。
秋の全国模試の結果が返ってきたのだ。
答案用紙と一緒に手渡された成績表を握りしめながら、俺は深呼吸した。
「……B判定だ」
思わず声に出す。
夏はずっとC判定止まりだった。それがようやく、一段階上がったのだ。
「尊いですわぁ!」
すぐ隣から琴音の歓声。
「悠真さんの努力が数字に表れましたわ! 尊い飛躍ですの!」
「いや、まだBだぞ。合格圏じゃない」
「Bでも尊いのですわ!」
まるで勝手に合格証書を渡された気分だった。
一方の森山。
成績表をじっと見つめ、眉間に皺を寄せている。
「……九十二点。判定はA」
「さすがだな!」俺と琴音が同時に声をあげる。
だが森山の表情は曇ったままだった。
「まだ安定していない。次でBに落ちる可能性がある。そんな不安定な状態では……」
「尊いですわ森山さん!」
琴音が食い気味に言った。
「その不安と戦う姿が尊いですの!」
「……やめろ」
耳が赤くなりつつも、森山の鉛筆は震えていた。
そして琴音。
彼女は成績表を机に置いたまま、しばらく黙っていた。
「……E判定でしたわ」
その声はかすかに震えていた。
「夏に努力したつもりでしたけれど、数字には結びついておりませんの」
「琴音……」
俺は思わず言葉を失う。
けれど次の瞬間、彼女はぱっと顔を上げた。
「ですが! わたくしは諦めませんの! 数字が尊くなくとも、努力は尊いのですわ!」
その無邪気な笑顔に、俺の胸がじんと熱くなる。
放課後。
三人で図書室に集まった。
机の上には成績表と問題集。沈黙がしばらく続いた。
「……正直、怖いよな」俺が口を開く。
「数字ってさ、努力の全部を否定することもある。でも、少しでも伸びたら嬉しいし……余計に揺さぶられる」
「俺は……数字を超えた結果を出さねばならない」森山は低い声で言う。
「奨学金を得て、東大に進学する。それ以外に道はない」
「わたくしは……」琴音が言葉を詰まらせた。
「本当に、この道を歩んでいいのか、時々不安になりますの。でも……お二人と一緒だから、まだ前に進める気がしますの」
三人それぞれの本音が、静かな空気に溶けていった。
帰り道。
夜風が冷たく、秋の匂いを強く感じさせた。
「数字は怖い。けど……」俺は心の中で呟いた。
(琴音や森山と一緒にいる限り、きっと越えていける。数字だけじゃない何かが、ここにはあるんだ)
ふと琴音が笑って言った。
「次は尊い逆転劇を見せますわ!」
「期待してるぞ」
「……くだらない」森山は呟いたが、その声には少しだけ優しさが滲んでいた。
受験生の秋は、数字と心が揺れ動く季節だった。
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