第15話 2年の冬、尊い未来探し

 冬休みも終わり、三学期が始まった。

 廊下を歩く生徒たちの顔つきは、どこか落ち着かない。進路調査票や模試の結果が返されるこの時期、教室全体に“将来”という言葉の影が漂っていた。


「ふぅ……」

 俺は机に腰を下ろし、返ってきた模試の成績表を開いた。

 結果は、世界史と地理が少し伸びていてC判定。数字としては大したことないけれど、自分の好きな分野で点が取れたのは素直に嬉しかった。


「悠真さん! 尊いですわ!」

 隣の席で成績表を覗き込んできた琴音が、いつもの調子で手を叩いた。

「好きな科目を伸ばす、その姿勢! 尊い未来への一歩ですわ!」

「いや未来に尊いとかあるかよ……」


 でも、ちょっと照れくさいけど悪い気はしなかった。


 一方、森山は黙々とノートを広げていた。

 彼の成績は当然ながら上位。だが珍しく表情が険しい。


「森山、どうしたんだ?」

 俺が声をかけると、彼はしばらく黙ったまま、やがて小さく言った。

「……俺は奨学金を頼らなければ大学に行けない。だから今から結果を出して、来年に備えなければならないんだ」


 その言葉に、琴音が目を丸くした。

「まぁ……! そんな事情が」

「別に同情はいらない。ただ事実だ」


 森山はきっぱり言い切ったが、いつもの冷徹さの裏に、不安を隠しきれない声色が混じっていた。


「でもさ」俺は思わず口を開いた。

「まだ俺たち2年だろ? 来年が本番なんだから、今は“準備”でいいんじゃないのか」


「準備こそが全てだ」

 森山はきっぱりと言い切った。

「油断すれば取り返しがつかなくなる。来年になって慌てても遅い」


「……尊いですわ!」

 琴音がいきなり立ち上がった。

「森山さんの真剣さも、悠真さんの前向きさも! わたくしたち、みんなで尊い未来をつかみましょう!」


 クラスメイトがクスクス笑い、先生から「静かに」と注意される。


 放課後。三人で帰り道を歩く。

 夕暮れの冷たい風が吹きつける中、森山は前を見据えたまま言った。

「……俺は東大を受ける。だから勉強をやめない。

 そのために、2年の冬の今から積み上げる」


 琴音は頷き、両手を胸に当てた。

「わたくしは……受験に向けて不安もありますが、それでも歴史を愛し続けますわ。尊い魂は、必ず力になりますの!」


「……俺はまだ進路決めてないけどさ」

 俺は笑って言った。

「地図や歴史が好きって気持ちだけは大事にしていきたい。進む方向はその先で見つければいい」


 三人の答えは違う。でも、不思議と足並みは揃っていた。


「では!」琴音が勢いよく手を伸ばす。

「来年、本番の受験に挑むために――この冬から一緒に頑張ると誓いましょう!」


 俺と森山も苦笑しながらその手を重ねる。

「……尊い三人の誓いですわ!」

「いやネーミングは相変わらずだな」

「尊い!」


 笑い声が冬空に溶けていった。

 まだ2年生。未来は遠いようで近い。

 俺たちの“尊い日々”は、来年へと続いていく。

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