第14話 大航海時代、尊い大海原へ

 その日の授業のテーマは「大航海時代」だった。

 黒板に「コロンブス」「ヴァスコ=ダ=ガマ」と書かれた瞬間、俺はもう心の準備をした。


「尊いですわぁぁぁぁッ!!!」


 やっぱり琴音が立ち上がった。

 彼女の瞳は、海原のようにキラキラ輝いている。


「ご覧くださいませ皆さま! 小さな船で未知の海へ! 星を頼りに命をかけて進む姿! 尊すぎますわ!」


 クラスが爆笑する。

 先生は「はいはい」と流そうとしたが、琴音の熱量に押されて苦笑いを浮かべる。


「……けどさ」俺は地図帳をめくった。

「大航海時代って、地図で見たらめちゃくちゃ面白いんだよな。ポルトガルはイベリア半島の端っこだから、自然と大西洋に出ていった。で、アフリカ沿岸をぐるっと回ってインド航路を作った」


 指で航路をなぞると、クラスが「へぇ」とざわめいた。


「それからスペインは西へ進んで、コロンブスがアメリカ大陸に到達。地図がどんどん塗り替わっていくんだ。これ見てるだけでワクワクする」


 琴音は目を潤ませて俺を見つめた。

「悠真さん……尊いですわ! 地図にロマンを重ねるその視点! 大海原のごとく尊い!」

「いや俺は船じゃねぇ!」


 笑いがどっと起きる。


 その熱気を、森山の冷徹な声が切り裂いた。

「……だが試験で重要なのは、1492年のコロンブス、1498年のヴァスコ=ダ=ガマ、それから1522年のマゼラン世界周航。数字だけ覚えれば十分だ」


「数字だけでロマンを殺す気ですの!?」

 琴音が反射的に叫ぶ。

「彼らは命をかけて航路を開いたのですわ! 数字だけで済ませては、魂が泣きます!」


「魂は受験に不要だ」

「尊さは必須ですわ!」


 二人がまた机を叩き合い、クラス中が大爆笑。


「でもさ」俺は口を挟んだ。

「数字だけじゃなくて、地図で覚えれば年号も一緒に浮かんでくるんだよ。コロンブスは西へ、ダ=ガマはアフリカを回って東へ、マゼランは地球一周。地図見れば“どっち行ったか”で整理できる」


「……!」

 何人かのクラスメイトが真剣にメモを取り始めた。


「なるほど、地図で覚えるのアリだな」

「それなら年号もセットで入りそう」


 思わぬ反応に、俺は少し誇らしい気持ちになった。


 その時、琴音が突然立ち上がった。

「皆さま! ここで特別企画ですわ!」

「また来た!」俺は思わず叫ぶ。


「この廊下を大航海時代に見立て、こちらの端をリスボン、あちらの端をインドといたします! わたくしが船長、悠真さんが航海士、森山さんが……羅針盤ですわ!」


「羅針盤!?」

「俺、人間羅針盤!?」

「正確さゆえに森山さんがぴったりですわ!」


 クラスが大爆笑に包まれる。森山は顔を真っ赤にしながら「くだらん!」と叫んでいた。


 授業が終わり、教室を出る時。

 琴音はまだ楽しそうに言った。

「悠真さん、歴史は尊いですわね」

「……まあ、確かに航路とか地図で見ると面白かった」

「森山さんも尊いですわ!」

「やめろ」

「尊い!」


 また笑いが起こり、俺は思わず吹き出した。

(……笑いながら学べるのも、悪くないな)

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