第8話 文化祭本番、尊い大混乱

 文化祭当日の朝。

 教室の前には「歴史カフェ」の看板が掲げられていた。――と言っても、昨日の夜まで必死で作ったダンボール製の手書き看板だ。


「入口は凱旋門風! どうですか、悠真さん!」

 琴音が胸を張る。

「いや……段ボールむき出しだけどな」

「尊いですわ! 手作りの尊さがここに!」


 俺はため息をつきつつ、クラスの仲間たちと一緒に最終チェックをしていた。

 展示パネルにはチンギス・ハーンや織田信長、ナポレオンのイラストが貼られ、簡単な解説文も添えられている。

 そして目玉は――。


「はい! 本日限定の“偉人ランダムカード”ですわ!」

 琴音が袋を掲げた。

 中には厚紙で作ったカードがぎっしり。チンギス・ハーン、アレクサンドロス大王、吉田松陰……なぜかクラスメイトの似顔絵も混ざっていた。


「……最後の明らかに余計だろ」

「盛り上げのための演出ですわ!」


 そんなやりとりをしているうちに、開場の時間になった。


 最初に来たのは一年生のグループだった。

「いらっしゃいませー!」

 入り口でクラスの女子が紙製のティアラをかぶり、ローマ人風の布を肩にかけて迎える。


「うわ、なんか本格的じゃん」

「カードもらえるんだって!」


 彼らは目を輝かせて展示を見回り、カードを引いて大喜びしていた。

「ナポレオン当たった! やったー!」

「私はチンギス・ハーン! 象のやつもあるんだ!」


 思った以上の盛況に、クラス全体が活気づく。

 琴音は舞台役者のようにパネルの前で熱弁を始めた。


「ご覧くださいませ! こちらチンギス・ハーン陛下は宗教寛容で……尊い! こちらルネサンスの芸術家たちは……尊い!」


「……尊いしか言ってないだろ!」と俺が突っ込むと、観客が大爆笑。


 だが、問題もすぐに発生した。

「カード足りなくなってきてる!」

「コピー室に追加走ってー!」

「えっ、インク切れてる!?」


 慌てるクラスメイトたち。

 その隣で森山は腕を組み、冷徹に状況を分析していた。


「だから言っただろう。需要予測も在庫管理も甘い。計画性ゼロだ」

「うるさいな!」俺は叫んだ。

「じゃあお前も手伝えよ!」


 森山は溜め息をつき、渋々コピー室へ走っていった。

 その背中を見て、思わず笑ってしまった。

(あいつ、口では冷たいけど……なんだかんだで面倒見いいよな)


 午後になると保護者や外部の人も来場し、教室はさらに賑わった。

「お嬢様パワー全開ですわぁぁぁ!」

 琴音が力説するたびに観客が笑い、写真を撮っていく。

 俺も解説係に駆り出され、地図を広げて「ここがカルタゴで〜」と語らされる羽目になった。


「へぇ、地図で見るとわかりやすいね」

 観客の反応に、ちょっとだけ悪い気はしなかった。


 夕方、文化祭が終わるころ。

 教室には紙くずや散らかった衣装が転がり、みんな疲れ果てていた。

 だが、充実感もあった。


「カード配布総数、三百枚……完売」

 森山が冷静に報告する。

「展示来場者数は、クラスでトップだ」


「やりましたわ!」

 琴音が満面の笑みを浮かべる。

「尊い歴史カフェ、大成功ですわ!」


「……なんだかんだで本当に盛り上がったな」俺は笑った。

「ま、尊いシールだけは謎のままだったけど」

「シールは心に貼るものですわ!」


 最後までブレないお嬢様に、クラス全員が大爆笑。

 こうして、俺たちの文化祭は尊い混乱のうちに幕を下ろした。

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