第4話 尊い勉強会とアレクサンドロス大王

「では佐藤悠真さん。わたくしと勉強会をいたしましょう!」


 放課後、教室でいきなり宣言された。

 隣のお嬢様――朝比奈琴音が、きらきらした笑顔で俺に詰め寄ってくる。


「えっ、なんで俺?」

「あなた、模試で世界史が振るわなかったのでしょう? ならばわたくしとご一緒に! 尊い歴史の世界へ!」

「……その“尊い”って勉強に役立つのか?」

「当然ですわ!」


 返事を待たずに机を引き寄せられた。

 気づけば俺と琴音、そして――。


「……仕方ない。俺も付き合ってやる」

 冷たい声が横から飛んできた。

 森山知紀。東大志望の優等生が、なぜかノートを抱えて腰を下ろす。


「えっ、なんで森山まで?」

「お前たちが歴史を茶化しているのを放置できない。それに、模試で俺に勝つつもりなら鍛えてやろう」

「……勝つつもりなんかないけどなぁ」


 こうして俺たち三人の勉強会が始まった。


「では、テーマはアレクサンドロス大王ですわ!」

 琴音がノートを広げ、勢いよくペンを走らせる。

「尊い! 十代にしてマケドニアの王となり、ギリシアからペルシャ、インドへと遠征! 若きカリスマ、尊すぎますわぁ!」


「はいはい……」俺は地図帳を開いた。

「でもさ、地図で見たらわかるけど、ギリシアからインドまで行くって距離ヤバいだろ。山脈も砂漠もあるし、補給路どうなってんだって話」


「そこが尊いのですわ!」

「またかよ!」


 琴音の尊い芸にクラスメイト数人がクスクス笑っている。

 しかし森山は眉ひとつ動かさなかった。


「アレクサンドロスで重要なのは遠征経路ではない。出題されるのは“東方遠征”という用語と“ヘレニズム文化”。それさえ覚えれば十分だ」


「うわ……殺風景だな」俺は顔をしかめる。

「でもさ、地図で経路見れば“なんで文化が混ざったか”自然とわかるんじゃないの?」


 俺は地図を指でなぞった。

「ここ、エジプト。ナイルの都市アレクサンドリア。ギリシア人が入って、ペルシャ人やエジプト人と交わって、文化が混ざる。だからヘレニズム文化が生まれるんだろ?」


 一瞬、琴音の目がさらに輝いた。

「尊い! 悠真さん、尊すぎますわ!」

「尊いのは俺じゃなくてアレクサンドロスだ!」


 爆笑が起こる。

 森山は渋い顔で言った。

「……理屈は理解する。しかし試験で必要なのは“アレクサンドリア=学問の中心地”と答えること。それ以上は蛇足だ」


「蛇足じゃないですわ!」

 琴音が机を叩いた。

「歴史を学ぶとは、人の営みと夢を感じ取ること! 蛇足ではなく尊さです!」

「ロマンで大学に受かると思うな」

「受かる受からないだけが人生ではありませんわ!」


 議論は白熱し、教室がざわつく。

 俺は慌てて手を上げた。

「えーと……まとめると、森山は“点数重視”、琴音は“尊い重視”、で、俺は“地理で理解”ってことか?」


「そうですわ!」

「そうだ」


 二人が同時に答えた。珍しく意見が一致して、逆にクラスが大爆笑。


 結局、その日の勉強会はまともに進まず、俺のノートには「尊い」の落書きとアレクサンドリアの地図しか残らなかった。

 だが、不思議と悪い気はしなかった。


(……勉強って、暗記だけじゃなくてもいいのかもしれないな)

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