第154話 声を描くキャンバス

― 次のステージを探して


「……ねえ、紗南さん。」


 静かな事務所の夜。

 アリアはマイクを片づけながら、ぽつりと呟いた。


「私、“歌”や“演技”って枠におさまらない……

 もっと、“声で何かを描く”ようなことがしたいんです。」


 紗南が視線を上げる。

 その目は、驚きよりも嬉しさの色を帯びていた。


「やっと言ったね。

 セレンさんと同じステージに立ったあの日から、

 あなたの声、変わったもん。」


 アリアは少し照れくさそうに笑った。

「……そうかもしれません。あの人の声、世界を映してました。」


― 制作会議「声の表現とは」


 数日後、LIVESTARの制作室。

 技術担当の神原と、作曲家のユリウスが集まっていた。


「“声で描く”ってのは、つまり?」

 神原が腕を組む。


「たとえば、“声の色”をデータ化するんです。」

 アリアは真剣な瞳で続けた。

 「優しい声なら暖色、悲しい声なら蒼色。

  それをLIVELINKでリアルタイムに空間演出に変換したい。」


 神原がモニターを操作しながら頷く。

「理論上は可能だ。声の周波数と感情パターンを解析すれば、

 光や映像を動かせる。」


 ユリウスが、ゆっくりと笑った。


「おもしろい。“声を音楽から解放する”ってことだね。」


― 試作「Voicetale」起動


 小型ブースに、アリアが立つ。

 マイクの前、LIVELINKのインターフェイスが点灯した。


「準備できた。アリア、好きに“声を描いてみて”。」

 神原の声がスピーカーから届く。


 アリアは小さく息を吸い、

 心の中で“景色”を思い浮かべた。


(青い海。

 波が静かに光を反射する。

 そこに立っている、あのときの私。)


「――光が、ひとつ。風が、ひとすじ。」


 声が空気に流れた瞬間、

 ブースの照明が淡い青に染まる。

 床面に小さな波紋の映像が広がり、

 観ている者の胸の奥に、涼しい風が吹いたような錯覚を覚える。


 紗南が、息を呑む。

「……まるで、声が“絵”になってる。」


 ユリウスが静かに呟いた。

「これが、アリアの“世界観”か。

 沈黙を知る者だけが出せる音だ。」


― 新しい創造のはじまり


 演出テストを終えると、

 神原のモニターには“新データ項目”が追加されていた。


【感情共鳴フィールド:アリア専用】

同調度:45%

状態:安定稼働


「この反応率……まるでシステムが、君に合わせて進化してるみたいだ。」

 神原が興味深そうに笑う。


「きっと、声が“創造の鍵”なんですね。」

 アリアはモニターを見つめ、胸に手を当てた。

「私、ようやく“表現するために声を使う”んじゃなくて、

 “声で本当の意味で届ける”段階に来た気がします。」


 紗南は、彼女のその言葉を噛みしめるように頷く。


「じゃあ、次の配信は“創作回”ね。

 タイトルは……『Voicetale Prototype』なんてどう?」


「素敵です。」


終幕 ― 青の残光


 夜。

 アリアは帰り道のビルのガラスに映る自分を見つめた。


 そこには、“夜宵アリア”でも“無言姫”でもない。

 ただの“白石美月”の瞳があった。


(――あの頃、言葉を閉ざしていた。

 でも、いまは“声”で描ける。)


 ポケットの中のスマホが光る。

 SNSには、テスト映像の短いクリップが投稿されていた。


【#Voicetale】【#夜宵アリアの新境地】【#声が絵になる時代】


 ひとつだけ見慣れない名前。


【#Noctia】


“あなたの声、ちゃんと届いてるよ。”


 アリアは微笑んだ。

 その声が、遠い夜の歌姫から届いたような気がした。


【ステータスボード】

能力項目 数値 変化

表現力 Lv10 維持

感情制御 Lv9 維持

共鳴感覚 Lv4 → Lv5 創造的共鳴発動

創造力 Lv9 → Lv10(声で空間を描く)

発信影響力 Lv10 維持


――“声は、描くための筆になる。”

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