第3話 主様って俺のこと?
誰かが、近づいてくる。
足音がだんだん大きくなっていることから、それが察せられた。
人数は二人、なんだか言い争いをしているようだ。
「ですから、本日は私が謁見させてさただ来ます。あなたは少し我慢をしなさい。」
「はぁ、あたしだって主様にお会いしたいんですけど!!それにスルっちは昨日もお会いしたじゃん!!順番的に次はあたしの番でしょ!」
「それでいうなら、あなたはその前に二回連続で会われているでしょう。それにスルっちと呼ぶのはやめてください。私にはスルトという名があるのです。」
「え~相変わらず堅苦しい!!」
声を聴いた限り、一人は丁寧な口調をした男。
もう一人は、陽気な感じの女だ。
何やら、主様にどちらが会えるかという論争をしているらしい。
まあ、そんなことはどうでもいい。
問題は、どちらからもにじみ出る’’陽’’のオーラがあるので、はっきり言って話しかけずらい点だ。
ゆえに、ここで「やあ」と出ていくのはナンセンスだ。
俺は一層、自身の気配を消すことに専念した。
そんなことをしていると、二人は、この開けた場所まで来たようだ。
「ふむ、妙ですね。」
自身をスルトと名乗った男が急に足を止めると、何やら考え込むように手を顎に当てた。
(もしかして俺の存在がばれたのか???いやいや、俺の陰キャ歴を舐めるなよ!!気配を消すことなど、呼吸をすることと同義!!)
相手の動作にビクついたものの、それでも大丈夫だと思いなおし、さらに環境に溶け込むことだけを意識した。
(俺は石、俺は石、俺は石、俺は石......)
いや、石やんけ、というツッコミはおいておいて、はっきり言って俺の擬態は完ぺきだったと思う。
伊達にクラスでドッヂボールをしたときに、最後に残っていたにも関わらず、相手のチームの勝利になっただけはある。
それだけ空気が薄いのだ。
それに心なしか、本当に擬態できているような感じがした。
ゆえに見つかるはずはない、そのはずだった──。
「こんなところで何をされているのですか?」
「ぎゃああああああ!!!!」
なんと、真横にさっきまで女と喋っていたはずの男が現れたのである。
それに思わずびっくりしてしまい、情けない悲鳴を上げてしまった。
「お、おれは何も持ってないです。そ、その痛いのだけは勘弁していただけたらなぁって.....。」
悲しいかな、ここで俺は陰キャとして身に着けた技を全開にしてしまった。
その名も、トカゲのしっぽ切り作戦。
これは路地裏で不良にカツアゲされたときに生み出した技だ。
早々に金目の物を差し出すことで、無事に解放してもらうというものだ。
「い、いや何を仰って──」
「あああああ、そうですよねわかります。今すぐ財布を持ってきて、焼きぞばパン買ってきます。いえ、買わせてくださいぃぃぃ!!!!!」
俺は無我夢中に思いつく限りの作戦を実行した。
財布を持ってくるといいつつバックレる作戦。
焼きそばを買ってきて見逃してもらう作戦。
自主性を示して、使える陰キャとして、せめてもの温情を願う作戦。
しかし、冷静に考えればどれもが無謀だということはわかるだろう。
なにせ、ここは見知らぬ場所。
所持品は無し。
この人が、校舎の裏でたむろしていたような人物なら、一巻の終わりだ。
「い、一旦落ち着いてください、主様!」
「え?」
何やら慌ててしまって、話をろくに聞いていなかったが、今、この人はおれのことを主様と呼んだ気がする。
「主様?俺が?」
「左様でございます。我々は主様が目覚められるのを長らくお待ちしておりました。」
は?
え、どういうこと???
目覚めるって一体何のことだ?
確かに俺は先ほど目が覚めたばかりだが、この人の言い方だと、まるで俺が長らく眠っていたみたいだ。
「私の名はスルト。主様の従順なるしもべにございます。そして彼女が──」
「え、嘘ーー!!主様なんでここにいるの?ついに目覚めたの?!あたし、キュア!これからよろしくお願いします!!」
「え、あはい。」
スルトの紹介に割り込んで、もう一人の女の子が自己紹介をした。
名前はキュアというらしい。
今更だが、スルトは黒髪に赤いメッシュが入った高長身のイケメン。
キュアは色白で低身長な女の子。
目はきりっとしており、白髪はぐるぐるとカールしている。
見た感じ、服装も相まっていいとこのお嬢様だ。
それはさておき、俺はもう限界だった。
もう何から理解していけばいいのかわからなくなったのだ。
だから、まずは一番気になることを聞くことにした。
「えっと、その、さっきから主、主って言ってるけど、俺は一体なんの主なの?」
これだ。
目の前でひざまずいている二人は仕えてくれているのだろうけど、それ以外に心当たりはない。
なので気になったのだ。
「それは、もちろん我々の、ひいてはこの迷宮全体のです。」
「え?!」
ココって迷宮なんだ、と思ったのだった。
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