第4話 「砂漠の夜、ロード不可の試練」

 砂漠を抜けた一行は、オアシスのカルナにたどり着いた。炎の神殿を越えた冒険者は珍しいらしく、町の人々は驚きと尊敬の眼差しを向けてくる。

「勇者候補! こちらへ!」

 宿の主人が手を振り、歓迎してくれた。涼しい風が流れ、長旅の疲れがほどけていく。


 食卓を囲んだ夜。ガロンが酒杯をあおりながら笑った。

「いやぁ、命がけだったな! でもよ、あの一撃はすげぇ。ユウの剣、マジで伝説になんぞ」

「ピポもがんばった」

「ぴぽ!」

 みんなの笑い声が夜空に溶けていく。だがその和やかさの奥で、リオンだけは険しい表情を崩さなかった。



「リオン、何か気になるのか?」

 火の明かりに照らされた横顔は、影が濃い。

「……この世界の死は、“ロード”できないんだ」

「え?」

「昨日、炎に焼かれた冒険者を見ただろう。彼はデータじゃなかった。苦しみ、本当に倒れていた。復活もしなかった」

 テーブルに沈黙が落ちる。

「つまり、一度死んだら終わり。リスポーンもセーブロードもない。――それがこの世界のルールだ」


 俺は背筋が冷たくなった。ゲームのようでいて、決定的に違う。

「じゃあ……俺たちも?」

「ああ。勇者候補でも例外じゃない。死ねば……消える」

 炎の紋章を見つめるリオンの目は、恐怖と決意が入り混じっていた。



 その夜更け。宿を出たリオンの背を追うと、町外れでひとり杖を振るっていた。

「……ユウか」

「寝られなくてさ」

 月明かりに浮かぶリオンの表情は、普段の冷静さを失っていた。

「僕は……元の世界で、病院にいた」

「病院?」

「体が弱かったんだ。ベッドの上で、ただゲームをするしかなかった。だから、この世界は……僕にとって夢でもあり、檻でもある」

 彼の声は震えていた。

「ここで死んだら、僕は二度と目覚められないかもしれない。でも……本気で生きられるなら、それでいいとも思う」


 俺は言葉を失った。自分は“帰りたい”と思っている。だがリオンは――帰る場所すら持てなかったのか。

「……リオン。大丈夫だ。俺が守る」

 思わずそう口にした。彼は驚いた顔をして、そして小さく笑った。

「君は不思議だな。勇者候補らしい熱さを持ってる。……ありがとう」



 翌朝。カルナの広場に光の柱が立った。

《新たなセーブポイントが解放されました》

 柱の中心に、淡い扉が浮かぶ。

《試練:勇者候補は“決して救えない者”に出会う》

 文字を見た瞬間、胸が締めつけられた。


 俺たちは扉の中へ入った。そこは荒れ果てた戦場だった。

 瓦礫の間に、ひとりの少年が倒れている。血まみれで、呼吸は浅い。

「助けないと!」

 ミナが駆け寄ろうとするが、透明な壁が立ちふさがる。

《ロード不可の試練》

《この命は救えません》

「ふざけるな! 目の前にいるのに!」

 ミナの声が震える。


 少年の瞳が俺を見た。

「……たすけ……」

 俺は剣を突き立て、壁を叩いた。だが刃はすり抜けるだけだった。

「どうして……!」

《この世界は現実。すべてを救うことはできない》


 ガロンが歯を食いしばる。

「……くそ。こんなの……ゲームじゃねぇ」

 ミナは涙を流していた。リオンは黙って祈るように杖を握っていた。


 少年の光が消えると、戦場も霧のように溶けた。代わりに、小さな紋章が手の中に落ちる。

《勇気の欠片を手に入れた》



 宿に戻ったあとも、誰も言葉を発さなかった。

 ただピポが、そっと俺の腕にすり寄った。

「ぴぽ……」

 その温かさに、胸の奥がじんわり熱くなる。

 救えなかった命は消えない。だが、それでも進むしかない。


「……俺は諦めない」

 小さく呟くと、仲間たちの瞳が静かに光を取り戻した。

 その夜、砂漠の星々はいつもより近く、強く瞬いていた。

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