夕凪燕 短編集 ー 『覇断の勇者 ―すべてを斬り裂く異世界転生記―』

夕凪燕

第1話 召喚と一閃

 眩い光に包まれた瞬間、青年は荒い息をつきながら目を開いた。

 そこは石造りの大広間。高い天井を支える柱はひび割れ、壁には戦火の爪痕が刻まれていた。

 辺りには甲冑をまとった兵士たちが膝をつき、中央には威厳ある王と、その背に寄り添う若き王女が立っていた。


「……召喚は、成功したのか!?」

 王が声を上げる。

 次の瞬間、大広間全体を揺るがす轟音が響いた。外の城壁が崩れ落ち、火の粉が舞い込んでくる。


 現れたのは、漆黒の鎧に身を包んだ巨漢だった。その背には黒き竜。

 魔王軍幹部――「黒竜騎将バルザーク」。

 兵士たちが震える声を漏らす。

「馬鹿な……奴がここまで……!」


 黒竜の咆哮が響き、大気が震えた。灼熱の炎が押し寄せ、兵たちは恐怖に凍りつく。

 王は叫んだ。

「勇者よ! どうか、この国を救ってはくれぬか!」


 勇者――?

 青年は自分が呼ばれた理由を理解した。

 だが、心臓は高鳴り、頭は混乱している。つい先ほどまで、確かに自分は現代日本で暮らすただの青年だったのだから。


 そんな彼の胸に、ひとつの言葉が響いた。

『覇断(Overbreak)――すべてを斬り裂く力』


 それは神から与えられたチート能力。

 意味を理解するより早く、炎が彼を飲み込もうと迫ってきた。


 咄嗟に剣を抜き放ち、一歩踏み出す。

 振り下ろした瞬間、轟音が大広間を裂いた。

 黒竜の炎が、まるで紙のように真っ二つに割れ、霧散したのだ。


「なっ……!?」

 バルザークの瞳が驚愕に見開かれる。

 青年は無意識に走り出していた。


 黒竜が牙を剥く。しかし、その鱗も、硬き顎も、一閃のもとに裂け散る。

 竜が絶叫し、崩れ落ちるのと同時に、青年の剣はその主をも貫いた。


「ば、馬鹿な……!」

 漆黒の巨漢がよろめき、崩れ落ちる。

「百の騎士団を屠った我が……一撃で……」

 バルザークの断末魔が木霊し、その巨体は無残に沈んだ。


 大広間に静寂が訪れる。

 兵士たちは呆然と立ち尽くし、王は震える声で呟いた。

「……これが、勇者……」


 青年は剣を見つめた。

 自分の意思とは関係なく、ただ“斬れた”。

 それが恐ろしくもあり、同時に背筋を震わせるほどの実感を伴っていた。


 だが、勝利の余韻を味わう間もなく、遠くから低い唸りが響いてきた。

 黒竜と幹部を斃したはずなのに、空気はなお重苦しい。

 王女が青ざめた顔で言う。

「……これは、序章に過ぎないのです。魔王軍の影は、もっと深く……」


 青年は静かに剣を握り直した。

 ――戦いは、ここで終わりではない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る