一章 人面梟

第1話 プリントと鳥

 十月の夕陽が教室を照らしていた。時計の短針は4時を指している。

「花曇ー、ちょっと頼まれてくれー」と扉から顔を出した担任が声高らかに呼ぶ。呼び止められた背の低い女子生徒、花曇はなぐもり みぞれは制服のブラウスの上に羽織った灰色のジャージを翻して教室のドアまで早歩きで近づく。

「……何ですか」

「あーいや凍星いてぼしと貴方、家近かったよな」

「隣です」

「だよな、それでここ1週間くらい休んでる凍星のプリントやらを届けて欲しいんだ」

「…わかりました持って行きます」

「助かるよ、頼んだぞ。じゃあさようなら」

「さようなら」

 必要最低限の返事をして貰ったプリントを抱えた花曇は鞄を取りに席に戻る

「お前今日1番の台詞量喋ってなかったか?」

「………!」

「確かに!じゃねーんだわ学年きっての無口ちゃんがよお」

 花曇の友人、入道いりみち らいが話しかけた。明朗に笑う彼女の黒いポニーテールが揺れる。ほぼ無表情に近い花曇の表情を読み取りながら会話をする高度な芸当は彼女の十八番だった。

「で何の話してたんだ?、説教?」

 花曇は無言でプリントを見せる。

「あー凍星さんの、お前幼馴染だっけ」

 花曇は黙って頷く。

「インフル?」

 花曇は首を振る(分からないの意)。

「ふーん…あそうだ!あたし付いてっても良いか?」

「…!?」

「そんな驚くなよーいいだろ別に、アイス奢るからさー」

「…?」(いいけど何故?の意)

「んーキョーミ本意、あそうだおいユウヒー!放課後ヒマ?」

「暇だけど何」

「帰り買い食いと寄り道するけど来る?」

「いいよー」

 丸い眼鏡の女子生徒、羊間ひつじま 夕日ゆうひは二つ返事で了承した。


 オレンジ色の空の下三つの影が伸びている。花曇たちはアイスを片手に歩いていた。

「花曇さんってアイスミルク派なんだ」

「前聞いた話だとミゾレはシャリシャリした感じが苦手らしい」

「どうやって花曇さんからその文章が出たのかが凄い気になる」

「ユウヒ、ここだけの話ミゾレはここぞという時は喋る」

「マジで?」

「あと実は声が結構可愛い」

「うおおおなんか喋って花曇さん!」

 花曇は3秒かけて渋々口を開いた。

「………花曇は長いからミゾレでいい」

「!?ミゾレちゃんかわいいやったァ!」

 花曇は恨めしそうに入道を睨んだ。


「あ、ここじゃない?凍星さんの家」

 花曇が頷く。

「へーでっけー家だな」

 3人が足を止めた先にあったのは大きな三角屋根の屋敷だった。門をくぐり玄関のチャイムを鳴らす。誰も出てこない。窓から見える部屋の電気もついていなかった。

「すみませーん、凍星さんのプリント持ってきましたー。…留守かな」

「ポストにプリント入れて帰るか」

「……あ、そうだ」

 と呟くと花曇はしゃがみ込み、玄関口に置いてある植木鉢の下から慣れた手つきで合鍵を取り出す。

「え、いいのそれ」

「…幼馴染特権」

 鍵を回し玄関の扉が開く。

「お邪魔しまーす」

「広っ」

 

 凍星邸の内装は増改築の為か和洋が入り混じっており奇妙な美しさを放っていた。

 灯りはついておらず外からさす夕陽だけが玄関から横に伸びた廊下を照らしていた。

「ミゾレ、電気のスイッチの場所とかわかる?」

 花曇は靴を脱いで床に上がると壁際をさがす

 数秒の沈黙の後カチッという音が鳴るが

 灯りはつかない。

「…?」

「停電?」

「まあとりあえずプリント置いて_」




 ほお




 それは唐突に鳴いた。

 鳥の声だ。

 家の中というのにやけに音が近くで鳴いた

 閉めた玄関の扉の向こう、外の音は遮られている

「凍星さんて鳥飼ってたりする?」

「…鳥嫌い…のはず」

鳥、というワードが花曇のなにかに引っかかる

「じゃあ何の音_」


 見回した廊下の先、等間隔で橙に照らされた廊下の突き当たりにそれはいた。白く丸い鳥のシルエット、梟であろうか。それが向こうを向いて佇んでいた。



 ほお



 再び梟が鳴く、それは音でありながら静けさを孕んでいた。声も出せないような緊張感が辺りを包んでいく。三人の目はその白い鳥に釘付けであった。ぷつぷつと皮膚が粟立ち呼吸が荒くなる。その静寂を破ったのはやはり鳥だった


 ぐるん


 鳥はこちらを向いた。3人は凍る。

 両の目には真っ黒な瞳と鋭利で縦長な鼻、そして歯。それは歯であった。喉元にぱっくりと空いた裂け目に黄色い歯が並んでいる。顔だ、人間の顔である。それがこちらを見ていた。3人は動けない、動いてはならない気がした。梟の口元が歪む。嗤っている、目をもっと見なければならない。見つめなければならない。嗤い声が増えた、3つ、4つ、廊下が歪む、足はもつれ床に倒れ込む、喧しい嗤い声は止まない、鬱陶しい、眠りたい、眠らなくてはならない。

花曇は奇妙な既視感を覚えた。確かあの顔はどこかで_



 ほお



 そこで3人の意識は途絶えた







_____________________

つづく

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