十九睡目 学祭と睡眠と(4)
「じゃあ、班分けしようか!」
委員長の一声で、教室がわっと賑わいだした。机や椅子を動かす音、名前を呼び合う声、次々に交わされる「どの班に入りたい?」という相談。文化祭準備の熱が、もうすっかり教室を包んでいた。
私は鳴古と同じ班になれた。割り振られたのは「装飾班」。教室の飾りつけを考えて作る係だ。班員は4人。私と鳴古のほかに、笑顔が素敵な子と手先が器用そうな子がいる。いつもならなかなか話しかけられない相手ばかりだけど、今は自然と「よろしくね」と言い合える。
「よろしくお願いしまーす!」
元気な声に続いて、私も少し緊張しながら「よ、よろしくお願いします」と返す。
隣の鳴古はというと、ぽそっと口の端から「……よろ……しく……」と、今にも消えそうな声を落とした。班のみんなが思わず笑顔になる。
「鳴古ちゃん、声ちっちゃ〜い!」
「かわいいねぇ」
鳴古は耳まで真っ赤になり、机に顔をうずめてしまった。私はその仕草に胸が少しくすぐったくなる。
とにかく作戦会議だ。
「えっと、飾りつけって何すればいいんだろ?」
「壁にポスターとか?風船とか、天井から吊るすやつ!」
「あと布とか垂らしたら雰囲気出るよな」
アイデアが次々に飛び交う。私もなんとか口を開いて「床に敷物をしたら落ち着きそうですよね」と言ってみた。すると、鳴古が机の下からちらっと私を見上げ、私の肩をとんとんと叩き、耳に顔を寄せてから小さな声を落とした。
「……ふかふか……」
ふかふか? 私は一瞬きょとんとしたが、すぐに意味を理解して笑ってしまった。
「鳴古は、床を“ふかふか”にしたいって!」
「おー!それいいな!寝転がれそう」
「くつろぎスペースっぽくなるよね!」
班のみんなが楽しそうに賛同してくれる。鳴古はさらに真っ赤になり、髪で顔を隠しながら私の袖を小さくつまんでいた。……可愛い。
作業に取りかかると、教室はさらににぎやかさを増した。画用紙を切る音、布を広げる音、風船をふくらませる声があちこちから聞こえる。
「はさみ、回してー」
「のり足りる?」
「これ見て!ハートにしようとしたら変な形になっちゃった!」
そこにいた誰かが照れ笑いを浮かべ、みんなが顔を見合わせて笑う。私もつられて声を出して笑った。こんなふうに自然に輪に入れている自分が、少し不思議で、でも嬉しい。
そんな中で鳴古はというと、やっぱり眠そうに紙を切っていた。瞼がとろんと下がって、はさみの動きもゆっくり。
「……すぅ……」
とうとう切りながら船を漕ぎはじめた。
「鳴古!危ないよ!」
慌てて私は彼女の手を押さえる。ハサミを持ったまま寝ちゃうなんて危なすぎる。
「……ん、あ……」
鳴古は目をぱちぱちさせて、まだ夢の中にいるみたいに私を見てきた。班の子たちが笑いながら「鳴古ちゃん、作業中は寝ちゃダメだよ〜!」と声をかけてくれる。鳴古は恥ずかしそうにこくんと頷いた。
それからも賑やかな時間は続いた。紙を切ったり、布を広げたり、風船を天井にくっつけたり。手早い子が布を測ってくれると、別の子が端を縫う段取りを提案する。誰かが「間接照明もあったらいいよね」と言えば、光をどう柔らかくするかで議論が始まる。皆がそれぞれ得意なことを出し合って、どんどん形になっていく。
私は、鳴古の小さな声を受けて、それを大きく伝える役をしていた。ひとことを伝えるだけで、会話が弾み、人が動き、案が膨らんでいく。そんな自分の存在が、いつの間にか自然なものに思えてきて、胸がじんわり温かくなった。
「じゃあ、床は段ボールで低めの土台を作って、その上に厚めの布をかけるのはどう?クッションも並べられるよ」
ある子が提案すると、みんながうなずいた。
「色は白と淡い青で交互にして、電飾をふわっと置けばいい感じになるね。」
「あ、間接照明はLEDの暖色で。長時間でも目に優しいし節電にもなるし。」
「ポスター作りは私やるよ〜字は得意だから。」
笑顔の子が手を挙げる。
気がつけば、全部がつながって大きな一つの案になっていた。誰かの一言で始まった“絨毯を敷きたい”という小さな望みが、皆の手で広がり、現実の計画へと変わっていく。
作業が一区切りつくと、みんなで片づけを始めた。机を戻し、床の切れ端を集め、道具をしまう。教室の空気は、始まったときとは少し違って、静かで満たされた空気に変わっていた。
私は鳴古にそっと囁いた。
「……ねえ、楽しかったね」
鳴古は欠伸をしながら、ぽつりと答える。
「……真白といっしょだから……ねむれる……」
「作業中に寝ちゃダメだってば」
思わず笑いながらそう言うと、鳴古もふわっと笑った。眠たげなその笑みは、私にとって誰よりも甘いご褒美だった。
帰り支度をする間、班の子たちが「次は材料の調達どうする?」と声を掛け合う。みんなでSNSのグループを作って連絡を取り合うことになり、私は自分がその連絡役に指名された。ちょっと緊張したけれど、鳴古が隣でくすっと笑っているだけで、不思議と力が湧いた。
教室を出ると、夕暮れが柔らかく校舎を染めていた。鳴古の肩に軽く触れ、私は小さくつぶやいた。
「一緒でよかったよ、今日。」
鳴古は目を細めて、ほんの少しだけこちらを見上げた。
「……わたしも。真白といっしょなら、もっとねむれる……」
その言葉に、私はもう一度笑ってしまう。彼女の頬がほんのり紅く染まるのを見届けながら、私は胸の中にできた小さな温度を大切に抱えて、校門へと向かった。
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