春を待つ寒空

 二月の風は、一月に引き続いて非常に冷たい。雪の降らないこの街では、冬というものはただ寒く、乾燥した風がより一層痛く感じるものである。桜の蕾は少しずつ膨らみつつあるものの、それでも開花にはまだ早い。一方で、すでに紅白の寒梅は咲き、少ないながらもグラウンドで裸になっている木々の風景に花を添えている。寒いながらも晴れた日が続いているので、ひだまりだけが少しだけ心地よい。


 風紀委員には、大事な仕事がある。各学年から一日に一クラスずつ、校門に立って挨拶をするのだ。この学校では一学年に五クラスずつあるので、例えば月曜日には各学年の一組、火曜日には二組、というように、毎週決められた曜日に校門に立つのだ。この仕事だが、委員長はまとめ役として毎日ここに立つ必要があって、何度か立ち番をしていると自然と委員長と話す回数も増えるのである。こうやって、私は委員長と話す回数も増えていった。


 第二回委員会は、二月に入って一週間経った頃に行われた。初回の会で立てた目標は、おおかた達成された。

委員長のメガネにも冬の傾き切った光が差す。太陽に照らされたところだけ彼女のメガネの茶色いフレームが明るく光り、それは私のどことない気だるさを紛らわせた。ちょうど太陽は部屋の中に舞う埃を照らして、それらの一つ一つがもうすぐ来るべき春を予感させるように踊っていた。

 第二回の委員会が終わり、奈桜とあれこれ話したあとに部活に向かった。吹奏楽部もいよいよこの春の新入生をいかに獲得するかにお熱であり、そのためには新入生にとっての第一印象をより良いものにするとかなんとかで、練習に熱が入ること一入である。

 部活ではトロンボーン吹きの私であったが、ユーフォニアムの先輩であるI氏とはよく練習でご一緒する身出会った。そんなある日の練習で、I氏に話を振られた。

「お前は委員会に出席しているから生徒会と関わるかもしれんが、生徒会は変人の塊だからあまり近寄るな。」

口調からしてそこそこ強めに釘を刺されたな、と思う。一般的な中学高校生活を送った人にとってはもはや当たり前のことであろうが、大抵の場合、生徒会というものに関わる人間というのは頭のネジの一本や二本くらいは吹っ飛んでいるのが常である。当時の私は、それに気が付かなかったというべきか、ノリというものがあってしまったというべきか、生徒会役員の人たちに結構親近感を抱いていたのかもしれない。だがこう考えてみてはどうだろう。自分は昔から頭のネジが取れていると周囲の人間に言われることもザラであった。ということは、生徒会役員の面々に「捕まっている」というよりは、むしろ「同質性によって引かれあっている」状態の方が近いのではないか、と。

 しかしかなり接する機会の多い部活の先輩にこう語られてしまっては、先輩たちの前で自分が生徒会役員の一人や二人と少しばかり話す仲になってしまったことを話せまい、とこのときに感じた。こうもしっかりと釘を刺されてしまっては、なおのこと話しにくくなるものである。

 さて、第二回の委員会から数日した後の話である。今度は、奈桜と珠江が仲良さげに話しているところに出会した。今度は私の側から挨拶したが、彼女たちはすぐに私のことに気がついたようである。

「こんにちは、最近寒いけれど体調はどう?」

という感じでたわいもない話をする。

だが、話はだんだん逸れてきた、私を微妙にいじったりしているようだ。

「千尋くん、ぱっちん!」

奈桜委員長が嬉しそうに手を叩く。言葉遊びにもなっていないのに、ずいぶん楽しそうである。

その時であった、たまたま通りかかったのか、I氏が話している私に気がついたようである。後ろから先輩の声がした。

「あ」

 その時のI氏が見せた、先輩にとっては情けないにも程があるだろう顔は非常に印象に残っている。なにせ、数日前に関わるなといったはずの生徒会のメンツに、すでに後輩が絡んでいるところを見せつけられたのだから。私においてもこれはしまったと思った。

奈桜はすかさず私の首を取り囲んで、それを自分の脇腹に抱え込んだ、あまりにも急な出来事であったので、私は顔を横にしながら、委員長に抱え込まれる体勢になってしまった。

「見て見て〜」

 私は、先輩の前で情けない姿を晒してしまう格好になってしまった。先輩はすでに呆れたような顔で、言わんこっちゃない、という顔をしている、なるほど、普段は真面目そうな顔をしている風紀委員長でも、同学年の前ではこういう感じではっちゃけるのか、と私は楽しそうな奈桜を見ながら思った。そして同時に、このような情けない姿を晒してしまった先輩に対しても少々情けないな、と思った。傍で珠江もくすくすと笑っている。やはり、情けない年下の子、という姿も年上のお姉さんにとっては見ていて面白いのだろうか?

「あーあ」

先輩であるI氏も、思わず苦笑してしまったようである。そこまで普段仲良さそうな関係ではなさそうなのだが、後輩である自分を介したことによってそれが面白く見えたのかもな、と自分で勝手に考えながら、先輩たちの関係を少しだけ滑稽に感じたりもした。そして、私を面白がる奈桜委員長が可愛いとも思ってしまったりした。

 後日、この話を桃に振ったところ、面白がられてしまった。自分としても、別にいじられに行ったわけでないのだが、成り行きで先輩に情けない格好を見られるというのが、そんなに面白いだろうか?自分には面白がられるのが少々不思議にも思えた。 桃曰く

「こうして先輩たちに面白がられているうちが華だよ」

だそう。

 「今の二年生の先輩たちにとっては次の夏の大会が最後だから、そこ過ぎると自分達も部活を牽引する先輩になるんだよね。」

 続けて出てきた桃の言葉を聞くに、確かにそうだろうな、と思う。よくよく考えてみれば、確かに半年かそこいらで我々は部活の中心になるのである。自分としてももう少しその自覚を持つべきだな、と思った。そして、今のうちに先輩たちとも交流しておくべきだな、と改めて思ったりもしたのである。


I氏は、私に対して半分呆れ顔で、あいつら頭のネジが何本か抜けているから気をつけろよ、という。別に委員長たちと話したっていいじゃないか、と心の中では思うが、はいはい、ととりあえず従う素振りは見せておくことにした。そしてI氏もその説得に対する返答に納得した様子だった

 先輩たちの卒業式は、来月三月の半ばに行われる。二月も半ばにさしかかり、昼休みに風紀委員会の面々が臨時で集められた。聞くところによると、卒業式までに各委員会、各クラスそれぞれで決まった長さの輪飾りを作らねばならないらしい。こういうことまであれこれと先生が決めるんだ、と委員長は言っていたので、いくら生徒会といえども、生徒の一員である、という立場は変わらず、調整役を求められているんだな、と感じた。またあるいは、肩書を持つ人間というのは、大変だな、とも思ったのである。前任の委員長に贈呈する花束も予算があったりする、という話を聞くにつけて、なかなか生徒会という立場も自由が効かないな、と感じた。その当時私は図書室でラノベを読むことを覚えたが、なかな現実はラノベ中のやたらと権限の強い生徒会のようにいかないらしい、と感じたりもしたものである。

 春の足音は着実に大きくなってきている。少しずつ、一度冬至の頃に傾き切っていた太陽が南中高度を増してきている。短いながら、自分の風紀委員の任期も終わりが見えてきた。

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