第2話 いきなりクライマックス



「痛っ!?」


 

 突如、左頬に走った涙目になるほどの痛み。

 それに我を取り戻すと、私は見知らぬ場所に居た。



「いつかは解ってくれると我慢してきたけど、もう限界だ!

 この三年間、君が彼女にしてきた数々の理不尽な仕打ち! 私が知らないとでも思っていたのか!」

「えっ!?」 



 実体験は一度も無いが、頬を強かに叩かれたのだろう。

 ひりつく痛みを感じる左頬に左手を押さえ、半歩下がっている右足を戻しながら右に捻っている上半身を正面へ戻すと、金髪のイケメンが人差し指を突きつけて、怒りを露わにしていた。


 謂われの無い非難に目をパチパチと瞬き。

 思わず首を傾げると、息を飲む『ひぃっ!?』という女の子の悲鳴が一つ。


 その発生源は金髪イケメンの背に隠れている黒髪の美少女。

 こちらの様子を怖ず怖ずと窺い、私以上の涙目になっている。


 更に視線を広げれば、金髪イケメンと黒髪美少女から一歩離れた後ろにもイケメンがずらりと四人。

 私の知らないアイドルグループだろうかと思ってしまうイケメン集団もまた怒りの眼差しをこちらへと向けていた。



「まっ、当然だよな」

「処置なしなのである」

「さすがにもう庇えませんね」

「むしろ、遅すぎ」



 頭の中がクエッションマークで埋め尽くされる。

 何故、こうも初対面の相手達から怒りを向けられなければならないのか。

 情報を求めて、視線をより左右へ向けるが、混乱はますます深まるばかりだった。


 自分達を遠巻きに囲んで輪を作る少年少女達。

 歳の頃は中学生くらいか。彼等、彼女等は揃いも揃って、時代錯誤な衣装でそれぞれが着飾っていた。


 一言で言うなら、中世ヨーロッパ。

 ファンタジーな小説、漫画、ゲームなどで見かける古めかしいデザイン。現代的な衣装は一人も居ない。


 だが、視線を下げてみると、それは自分自身もだった。

 色とりどりに着飾る彼等彼女等の中にあっても目立つ光沢のある青いサテン地の肩出し、裾広な豪華なドレス。右手には真っ白な羽扇を持っていた。


 頭上に視線を上げれば、綺羅びやかで大きなシャンデリア。

 辛うじて、頭に『舞踏会?』の文字が浮かび、視野をもっと広げて、この場そのものを観察してみると、ここはダンスホールと呼ぶに相応しい趣が感じられた。


 しかし、待って欲しい。

 私はお弁当工場勤務。ベルトコンベアで流れてくる弁当の主菜の下に焼きそば、或いはパスタを乗せる係だ。

 こんな高価そうなドレスを持っているどころか、レンタルをする余裕なんて持っていないし、そもそも舞踏会に参加するような縁も、趣味も持っていない。


 仕事が終わったら夕飯をスーパーで買い、真っ直ぐに帰宅。

 休みの日もゲームや漫画、アニメ、ライトノベルを楽しむ省エネな毎日。


 同好の仲間はネットに居るが、リアルの友人は居ない。

 高校まで友人だった彼女達は卒業後に進学先、就職先で離れ離れになり、29歳になった今ではお盆か、お正月に会えるかも程度の仲になっている。


 たまに親から電話がかかってきて、それとなく結婚を急かしてくるが、出会いがそもそも無い。

 昨夜もいつの間にか覚えてしまったお風呂上がりのストロングなお酒を楽しんだ末、実家の隣に住んでいた行方知らずの幼馴染を『幼稚園の頃、結婚するって約束をしたのに!』と、『高校を転校する時、必ずまた会いに来るって言ったのに!』と罵り愚痴り、四缶目を開けたところまでは憶えている。


 つまり、私はワンルームの自室に居た筈だ。

 それも部屋着兼寝間着、場合によっては近所のコンビニまで出かける外出着の高校時代のジャージを着て。



「みんな、聞いてくれ!

 今、この時を以て! 私、ラバマ王国王太子『ルパート・テ・アトキン・ミットフィート・ラバマ』は!

 オブライエン侯爵家令嬢『アメリア・テ・ベアトリス・オブライエン』との婚約を破棄する事をここに宣言する!」

「えっ!? そ、それって……。」



 だが、金髪イケメンは待ってはくれなかった。

 目をハッと見開かせながら混乱の上に混乱を重ねる。


 何故ならば、金髪イケメンが名乗った名前とこちらを指さして呼んだ名前を私は知っていた。

 その日本人には馴染みが薄い音が長い双方のフルネームを過去に何度も呼んで練習して覚え、今ではそらんじる事が出来るほどに。


 そう、その名前こそ、私を喪女沼と腐女子沼にずぶずぶと嵌まらせた乙女ゲームの主要登場人物の名前。

 金髪イケメンがメインターゲットの王子様なら、こちらを指さして呼んだ名前はヒロインを怖がらせて引き立てる悪役令嬢の名前。

 思わず口の中で乙女ゲームのタイトルを呟けば、二次元のアニメ絵でしか見た事が無かった王子様の顔が現実の目の前にいる金髪イケメンと合致。頭がそう認識した。



「じゃ、じゃあ、じゃあっ!? わ、私の最推しはっ!?」



 慌てて金髪イケメンの背に隠れている黒髪美少女を確認すると、彼女こそが正にヒロイン。

 その後ろにいる現実には有り得ない筈のオレンジ、ブルー、グリーン、パープルの髪色したイケメン四人もターゲットであり、もう一人居る筈のターゲットの姿を求めて、顔を左右に振り向けた後、背後を振り返ったその時だった。



「さあ、アメリア嬢を別室へお連れしろ!」

「えっ!? ええっ!? ……むむっ!? むむぅーーーっ!?」



 金髪イケメンの呼び声に応えて、屈強な男達が登場。

 所謂『騎士』と呼ばれる彼等は背後から私に猿轡を素早く噛ませると、左右から両腕を拘束して、その力強さに成す術なく私は引きずられながらダンスホールを後にした。



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