断片的だけど鮮明

 現世に戻って、やりたいことはいろいろあった。毎年見ていた映画も気になるし、せっかくなら旅行してもいいなと思っていた。

 だけど私が行ったのは──自分の家だった。

 幽霊になっても、帰巣本能というものがあるものらしい。


 昼下がり、家の前に立つ。やけに静かだ。

 後ろを野良猫が通り過ぎる。こちらに気づく素振りも見せない。

 たった三ヶ月離れていただけだ、家はほとんど変わらない。最後に見たときより、雑草の数が増えた気がするが。

 雲一つない空から降り注ぐ太陽光が、体を突き刺す。ちょっと痛い。生きていた時、幽霊は日光に弱いと聞いていたが、あれは本当だったようだ。

 久々に帰る家によそよそしさを感じていまい、律儀に玄関から入ることにした。

 ドアノブに手を……かけれない。

 そうだった。今の私は実体がないんだった。

 ドアをすり抜け、家の中に入った。



「ただいま──」

 声にならない声で家に挨拶をする。もちろん誰も返してくれない。

 そのままリビングに行く。こちらも目立った変化はなし。掃除が行き届いていて、物も整理されている。

 いつもは母がいるのだが、今日は珍しく父がいた。この時間帯は仕事で家を空けていることが多いのに。

「ただいま、父さん」


 しばしの沈黙。


 冷蔵庫の音が響く。


「……今のは、聞き間違えじゃないよな」


 え? 父さん、私の存在に気付いた?


 父はお世辞にも勘が鋭くないので、スルーされるかと思っていた。

 私は嬉しくなって、父のもとに駆け寄った。前はもっとやる気というか、覇気があったような気がするが、穏やかになった父も悪くない。

「久しぶり。ごめんね、急にいなくなって」

「お前がいなくなってから、いろんなことが変わったよ。こんなに早く親離れしなくてもいいのにな」


 穏やかじゃなかった。

 聞くところによると、一人娘だった私を亡くして以降、両親ともに家にいることが多くなった……らしい。

 それ以上は教えてくれなかった。

「じゃあ、母さんはいる?」

 返答なし。

 え、何かまずいこと言っただろうか。


「……二階の寝室だ。今は寝ているはず」

「わかった。ありがとう」

「いいんだ。早く行ってこい」 

「それと……ごめんなさい」

「謝ることはないだろう。あれは完全にお前が被害者だ。そして俺たちの代わりに、仇討ちまでしてくれた。」

 そんなつもりは無かったんだけど。

「あれがなかったら、俺と母さんはどうなっていたことか。加害者がのうのうと生きているなんて、許せないからな。それこそ──」

「もういいよ。父さんの気持ちはよく分かった」

 続きは聞きたくなかった。悪いのは紗代の方だけど、こんなこと、父さんに言ってほしくなかった。

「そうか」

「うん、ありがとう」

 父と一方的なハグを交わし、私は二階へ行った。

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