やっと覚醒したおっさん剣士、勇者と認定されてしまう
ミストーン
第1話 迷子
「おっさん、本当にこの道で合ってるんだろうな?」
カビ臭いダンジョンの岩壁。そこに揺れる自分たちの影に怯えるように、若い戦士がまた同じ事を訊いてくる。
いい加減、同じ質問に答えるのもうんざりだ。
親子ほど歳の離れた連中に、言葉を荒げるのも大人げない。カーデュは、機械的に同じ答えを繰り返した。
「途中戦闘は最低限にして、狩り場に行きたいのだろう? 最短の道を行っているよ」
踏破され尽くしたダンジョンの地下一階とはいえ、
知ってるような奴らは、もうこのフロアに用はない。下のフロアへの階段への最短コースを取るだろう。慎重な連中は、途中の遭遇戦で戦力バランスを確かめながら進む。
パーティメンバーが固定されたものの、下の階に降りるには経験が足りない。
そんな連中が、カーデュのお得意様だ。
「信用しようぜ。何しろ、地下一階歴二十年のベテランだからな」
「そうだった。二十年潜って、全くランクが上がらない、伝説のおっさんだ。地下一階の道は、誰よりも詳しいだろう」
斥候の揶揄に乗って、戦士が嘲る。
……勝手に言ってろ。
事実過ぎて、怒る気にもならない。
十六歳になった成人の儀で、神殿で特性を『剣士』と断定された農家の三男坊は、収穫の時期が終わると家を追い出されるように冒険者になった。近隣のダンジョンに挑み、一攫千金を夢見たのは遠い昔の話。
片手持ちでも、両手持ちでも使える剣。愛用のバスター・ソードでいくらモンスターを倒しても、不思議と技能は上がらない。
魔力や体力、腕力などで冒険者としての格を自動判定する冒険者タグも、いつまでも真鍮のまま。かつて組んでいた仲間たちで生き残っている者は腕を上げ、どんどんダンジョンの深部に降りて行っている。
お宝を見つけ出し、悠々自適の暮らしをしている奴すらいるのに……。
今さら他の仕事も出来ないし、金を稼がにゃ飯も食えない。
能力の上がらない適正に見切りをつけて、何とか大盾を買って、盾役兼道案内で食いつないで……十何年だったか?
「本当にこの道で合ってるんだろうな?」
「この断崖を越えれば、もうすぐだ。足下に気をつけろ」
左手は高い岩壁、人間二人並ぶのも難しい道の右側は、底も見えないほど深い断崖。
ダンジョンの外縁部なのだろう。普通は、地下一階で見るような景色じゃあ無い。だがそれだけに、狩り場と言われる広間への近道になっている。
足場は悪いが、余程のお調子者で無ければ落ちたりはしないだろう。
二十分ほども歩けば、木造の大きな扉の前に出る。
「ここで一息入れて、準備を整えておけよ。扉の向こうに、固定でホブゴブリンが一体と、ゴブリンが二体出る」
「そのくらいなら、何とかなるか……」
カーデュを除いても、戦士が二人、斥候が一人、魔道士が一人、神官が一人と標準的なパーティー構成だ。盾役で自分がホブゴブリンを抑えていれば、そんなに苦労はしないだろう。
水袋で喉を潤し、それぞれ装備を確かめる。
紅一点の少女神官が、そっと近づいて耳打ちしてきた。ほんのりと甘く、少女の肌が香り立つ。
おっさんとはいえ、浮き立つ心くらいは残っている。
「この先、トイレに使える場所はありますか?」
神に仕える神聖な美少女も、生身の女の子。
食う物も食えば、出す者も出す。女の子が一人しかいないパーティーでは、言い出し辛かろう。
「急ぐならマントで囲ってやるし、まだ大丈夫なら、ホブゴブリンのいる部屋の隅が少し奥まっているよ」
「ありがとう。……まだ、大丈夫です」
連中にとっては、アイドルなのだろう。
おっさん相手とはいえ、囁き合っていればやっかまれる。
「おい、おっさん。……アルマと何を、小声で囁き合ってるんだよ?」
「女の子に、恥をかかすな」
根は気の良い連中なのだろう。
そう言ってやれば、気まずそうに目を逸らす。
美少女神官の羞恥を薄めるように、カーデュは立ち上がった。これでも、紳士の端くれのつもりだ。
「……行くぞ!」
皆が頷くのを確かめてから、分厚いブーツの底でドアを蹴り開ける。
途端に、有り得ない咆吼が響いた。
「おっさん、話が違うじゃねえかよ! アレのどこがホブゴブリンなんだ!」
言われなくても、こっちも驚いているんだよ!
この十数年、固定モンスターが変わったなんて話は聞いたことが無い。
巨大な斧を振り回す筋肉質の身体は、三メートルほどもある牛頭の巨人。実際に見るのは初めてだが、ミノタウロスって奴だろう。
地下一階にいて良い魔物じゃあない。
どうなってやがる?
「アイツの足元を見ろ。……おっさんは嘘をついてない」
冷静に魔道士の男が指摘する。
足元には叩き割られたホブゴブリンの死体。
こいつ……何かの手違いで迷い込んだ
話には聞いたことがあったが、地下一階で出くわすかよ、普通。
「俺が抑えて置くから、お前らは逃げろ!」
「何を格好つけてるんだよ、おっさん。あんた一人で敵うわけは無いだろう?」
「当たり前だ。……俺は時間を稼ぐから、お前らは早くギルドに戻って報告しろ。こんなのが一階を彷徨いていたら、大惨事になる。もっと強い連中を派遣して貰って、すぐに処理しねえと」
「で、でもよぉ……」
プライドと、自分の命を秤にかけて狼狽えてやがる。
そんな物、自分の命の方が重いに決まっているだろう!
ガツンと、ミノタウロスの斧を大盾で受け止める。……馬鹿力め、一撃で補強の金具が歪みやがった。
「早く行け! 俺一人なら、どうにか逃げる手もあるが……五人も後ろにいたら無理だ」
「解った……おっさんも死ぬなよ!」
ようやく、踵を返して走り出した。それで良い。
ふわっと甘い匂いが近づいて来て、小さな金属音と共に腰が少し重くなる。
「死なないでね、おじさん……」
回復薬や水袋の入ったポーチを、渡してくれたのか。
出来れば回復薬は、すぐ取れるようにして欲しいが……そこはまだ新米の冒険者か。
こんな心遣いに浮かれるのだから、男はいくつになっても単純な生き物だ。だが、せっかくの心遣いだ。なんとか生き延びてやろうって気にはなる。
盾の脇からミノタウロスを盗み見る。
大事なのは、相手の動きと間合いだ。いちいちまともに受けていたら、盾なんていくつ有っても足りやしない。タイミングを良く見て、振り下ろされる斧を斜めに受け流す。無事に帰っても、盾はボロボロになりそうだ。買い替える金は有ったか……?
おっと……集中しないと、生きて帰ることも出来ない。
斧を振り上げた時に後ろに下がっても、踏み込まれてやられるだけだ。振り下ろした後なら、もう一度振り上げるまで時間を稼げる。
伊達に長い間、技能が上がらぬまま過ごしていないぜ? こんな場違いな相手と戦うのは初めてでも、基本は同じはず。力だけじゃあ無く、振り下ろす速度も桁違いだが。
じりじりと後退しながら、後ろを確かめる。
あの扉を潜って通路に出られれば、何とかなるか? 迷子なら、区画に囚われない場合もあるが……その時は、その時だ。
意を決して、バックステップ。扉を潜った。……クソッ。身を屈めて扉を潜る知恵はあるのか。
あの連中がギルドに駆け戻って、討伐隊が編成され、到着するまで……何時間、やり過ごせば良い?
朗報なのは、このミノタウロスが右利きだって事。
身体がデカい分、右側となる岩壁が邪魔になる。……つまり、斧は上からしか来ない。油断は出来ないが、予測はし易くなった。
慣れた道とはいえ、足場は悪い。ブーツの踵で道を探りながらでは、距離も稼げそうもない。
振り下ろされた斧の刃先を、盾に滑らせ躱す。補強金具が割れ、足元の岩を斧が砕け散って土埃が上がった。。
(凌ぐより先に、盾がぶっ壊れちまいそうだ……)
木製の盾は、ミノタウロスなんて化け物を相手にするように作られてはいない。ましてや、メンテナンス代をケチっているから、いつガタが来てもおかしくは無いのだ。
チラリと、右側の深い崖を見る。
(飛び降りちまえば、
この深い断崖に飛び降りた馬鹿など聞いたことも無いし、当然助かったという話も聞かない。
ならば、ミノタウロスを落とすか? ……それが簡単にできれば、苦労はしない。とはいえ、何とかその方法を見つけなければ、生きては帰れないだろう。もう、それしか無いといっても良い。
だが、どうする?
一瞬、そんな思考に囚われたのが、俺の命取りだ。
思わぬ真横からの斬撃に、慌てて盾を向けたが、真っ二つに折れ砕けてしまう。この野郎……左手に斧を持ち替えていやがった!
利き手でない分、威力は落ちていた。それでも俺の右腿を切り裂き、血の花を咲かせるには充分すぎる。
激痛に蹌踉めいた俺は、足を踏み外してしまう。
転がるように深い断崖の底へと、俺は落ちていった。
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