いにしえからの約束

聖 Hijiri

第1話

 ここは、初等科から大学まである私立の女子校。

 私は中等科から入学した。

 ママとばぁばは、ここの卒業生で、本当は私を初等科から入学させたかったみたいだけど、私は近所の友達と離れるのが嫌で、小学校は公立に通いたいと懇願した。


 ばぁばは娘を産んで入学させたかったが、ばぁばの元には男の子しか産まれず、女の子で孫の私に照準が移った。

 パパがママを家に連れてきたとき、ママが自分の後輩であることを知り、ばぁばはすぐにでも結婚させたがったくらい喜んだらしい。

 正直、理由が分からなかった。

 同じ学校の卒業生ってだけで、なんでそんなに喜ぶんだろう?


 中学のセーラー服が出来上がり、ばぁばに見せに行くと、ばぁばは泣いて喜んだ。

「よく似合ってるよ千夏。」

 ばぁばは何の遠慮もせずにボロボロと泣いて、何枚も写真を撮った。

 制服ぐらいで大げさだなぁ、ばぁば。喜んでくれるのは嬉しかったけど、泣くほど喜ぶばぁばが分からなかった。


 入学準備の1つにお数珠がある。

 学校の勧める物も有るが、カスタマイズは自由でかなり凝ったお数珠を作る生徒が多い。

 と言っても、仏教系の学校ではない。

 有事の際のたしなみだそうだ。

 

 あとは、先輩を「お姉さま」と呼ぶところが他の学校との違い。

 初めはめちゃくちゃ恥ずかしくて呼ばずに済ませるように行動してた。

 まぁ、慣れちゃったけどね。


 中学、高校から入学も珍しくない学校だが、出会った当初から運良くウマが合う友達がすぐにできた。

 彼女もお婆ちゃまに勧められて入学したらしい。

 ウチと一緒で、彼女のお婆ちゃまには男の子しか授からなかったから。

「そんなに出身校に入れたがるものなのかね?」

 私も彼女も不思議がった。

 私の名前は、水野 千夏。

 友達の名前は、倉田 飛鳥。

 綾小路とかでは無いのが庶民のあかし。と言っても、飛鳥は社長令嬢だけどね。

 だからこそ「母校」という理由だけであんなに入学を説得された意味が判らない。

 お嬢様学校ではあるけど、言葉づかいが違うわけではないし、校則もそんなに厳しくは無い。伝統を守るために、全生徒が1人ひとり心掛けている感じだ。

 お上品ちゃぁ、お上品かも知れないけど、そんなに想い入れのある学校なのかな?


 そして、この学校の特徴として忘れてならないのが、お数珠の交換という儀式。上級生と下級生との間や同級生同士、特別な関係の証としてお数珠を交換する。

 ばぁばの時代には既に存在していた伝統的な儀式らしい。

「千夏はお数珠の交換はしたのかい?」

 中等科の時、ばぁばに聞かれた事があった。

「私にはあんまり関係ないかなぁ。」

 と答えると、

「焦らなくていいんだよ。」

 と、ばぁばは、自分の交換の時の話をしてくれた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 私、小春には憧れのお姉さまがいる。

 いつも優しく私に話しかけてくれる、女優さん顔負けな美人で素敵な方。外見だけでなく心も清らかで温かい方。

 群がる後輩が多い中、お姉さまはいつも私にだけ特別な笑顔をくださる。


「小春、こちらへいらっしゃい。」

 珍しく群がる後輩が居ない図書館。お姉さまが自分の隣の席へ私を呼んだ。

 私が素直に席に着くと、

「小春…私、卒業したら小春とは会えなくなるわ…」

 ショッキングな言葉とともに、大きな瞳から大きなひと粒をこぼしてお姉さまは言った。

「お姉さまは大学に行かれるのでは?」

「…結婚するの。跡取りとしてお婿さんを迎えるの。」

「大学には行かれないのですか?」

 会えなくなる現実を受け入れられなくて、私はお姉さまの袖を掴んだ。

「もう、決まった事なの。ごめんね小春。もっと一緒にいたかったわ。」

 袖を掴む私の手に自分の手を添えて、お姉さまがポロポロと泣く。

 お姉さまは私の手を愛おしそうに手で包む。優しく、優しく。

 私も涙をボロボロこぼしながら思い切ってお姉さまに伝えた。

「お姉さま。お姉さまのお数珠と私のお数珠、交換してください。」

 お姉さまはハッっと私を見た。

「交換してくれるの?もう会えなくなるのよ?」

「だからこそ、交換してください。私の特別なお姉さまの証に。」

「私も小春と交換したかったの。そしたら結婚の話が出たの。だから諦めていた。貴女を傷付けてしまうのが怖かった。」

 2人は抱き合い、涙を拭い合い、互いのお数珠を交換した。

「絶対に忘れません、お姉さま。」

「私も小春を忘れないわ。」

 2人は、交換し合ったお数珠をしっかりと胸に握りしめ涙を流しながら見つめ合った。

 日が短くなった図書館の窓には、最後の太陽の光が抱き合い涙に濡れる2人を包んでいた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 今なら自分の意思で結婚を決められるが、昔は選択するなんてできなかったのだろう。少し懐かしそうな、少し寂しそうな顔でばぁばは話してくれた。

 いつも優しくて笑顔のばぁば。苦しい体験をしたのに私達家族には見せない心の内を聞いて私は、胸が痛くなり涙したのを覚えている。

 ばぁばは、お姉さまのお数珠を今でも大切に保管し、時々出して愛おしそうに手に取り、指で撫でている。

 2人で写った写真も大事そうに眺めている。とても穏やかな表情で。


 高等部に上がった今、ばぁばのそんな背中が少し切なく見えた。

 お数珠の交換かぁ。あまりリアルに考えてこなかった。

 まぁ、するとしたら飛鳥かな?仲良しだし、サッパリした素敵な女性だ。ソレに、なぜか昔から「お数珠の交換」ってワードを聞くと真っ先に飛鳥を思い浮かべる。

 なぜだろう?

 明日、飛鳥に聞いてみよう。


 

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