第2話 初めての冷たさ



 雪乃が初めて外の世界を自分の足で歩いたのは、まだよちよちと歩く頃だった。

 庭の芝生は朝露で濡れ、指先が触れるとひんやりとした感触が広がる。母は微笑みながら見守る。

「雪乃、こっちだよ。転ばないでね」

 声には穏やかさと、少しの不安が混ざっていた。


 祖母は縁側からひょいと顔を出し、木の葉を指さす。

「ほら、雪乃。葉っぱの色もきれいだろう」

 雪乃は小さな手で触れようとした瞬間、葉の端がかすかに白く凍った。

「わっ……!」

 母も祖母も驚いて顔を見合わせる。


「雪乃……?」

 父の声は静かだが、少しの緊張を含んでいた。雪乃はまだ自分の指先から出た何かに気づいていない。小さな冷たさは、触れた瞬間だけ消える。庭の空気は変わらないのに、葉の先端だけが微かに光っている。


 雪乃は驚きながらも、何度も触ってみる。芝生、石、縁側の板、そして母の手。触れるたびに、冷たい小さな光が指先から広がり、ほんの一瞬だけ物を凍らせる。それは遊びのようでもあり、不可思議な感触だった。


 昼になると、幼い雪乃は同じ年頃の子どもたちと庭で遊ぶ。だが、触れた砂や水たまりが突然凍るので、周りの子は少しびっくりして後ずさりする。

「な、何これ!」

「雪乃ちゃん、すごい……でも怖いよ!」

 雪乃はその声に少し困惑し、眉をひそめる。自分の手が何をしたのか、まだうまく理解できないのだ。


 祖母が静かに言った。

「雪乃、力は面白いけど、使う場所を選ばなきゃいけないね」

 その言葉には、温かさと同時に警告の響きがあった。雪乃は首をかしげるだけで、まだ意味の全てはわからない。


 その日の夕方、雪乃は転んだ拍子に小さな水たまりを触る。水は瞬く間に氷になり、手のひらをかすめる冷たさに思わず声をあげる。母が慌てて駆け寄る。

「雪乃、大丈夫!?」

 雪乃は泣きそうになりながらも、嬉しいような、驚いたような笑みを浮かべる。自分の手で世界が少し変わった、初めての感覚だった。


 夜、父は日記にその日の出来事を書き留める。

「雪乃、ただの赤ちゃんじゃないかもしれない……でも、怖がらせずに見守ろう」

 母は赤ん坊を抱きしめ、静かに寝かしつける。雪乃の手は小さく震えていたが、心地よい眠気の中で、冷たさは静かに消えていく。


 翌朝、雪乃はまた庭に出る。葉っぱや芝生に触れると、ほんの少しの冷たさが指先から漏れる。周りの人々の声、笑い声、驚きの声──すべてが雪乃の時間に溶け込む。幼い力の発見は、日常に小さな非日常を持ち込んだ。


 この日から、雪乃の日常は少しずつ変わる。けれど、彼女が望むのはただ、母や父、祖母と一緒に過ごす平穏な毎日。能力は少しずつ育ち、未来の大きな軌跡への序章となる──。

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