第4章 夢見る機械たち
目覚めた私は、ロンドンを模した奇怪な都市の中にいた。
それは未来なのか、それとも別の世界なのか。建物の輪郭は歪み、空の色は鈍い紫に染まっていた。あらゆるものが過去の記憶を再構築したような錯誤の都市――だが、そこには確かにロンドンの片鱗があった。
だが人影はなかった。
代わりに、歩道を行き交うのは――機械仕掛けの人形たちだった。
「おはよう、探偵様」
背後から響く音声。
振り向くと、古びた銀の義眼を持つ機械人形が立っていた。頭にはシルクハット、手には懐中時計を持っていた。驚くべきことに、その顔は――私自身を模していた。
「あなたの存在は、この世界の“模倣核”として重要です」
「模倣核だと?」
「この世界は、あなたの記憶を基に構築されています。これは“クロノス・エンジン”が吐き出した副産物――記憶と時間が混濁し、都市として再構成されたものです」
私は目を凝らした。街の一角に――“ベーカー街221B”があった。
中に入ると、そこには誰もいない居間があり、しかしテーブルの上にはまだ湯気の立つ紅茶が置かれていた。
「これは幻覚か?」
「幻ではありません。記憶と現実の“間”です。あなたが何者であるかを、見つめ直すための空間」
声の主は、ワトソンに酷似した機械人形だった。
「……ワトソン?」
「私は“彼”ではありません。ただし、あなたの記憶が作り出した彼の写しです。あなたが“彼”に何を見ていたか、その本質だけを残している」
その瞬間、窓の外に異変が起きた。
空が裂け、黒い渦が回転し始めた。
「時の監視者たちが、あなたを連れ戻しに来た」
私は振り返った。そこには、金属でできた巨大な“眼”が浮いていた。
それはゆっくりと開き、世界そのものを見つめるように周囲を照らし出した。
「選べ、ホームズ。おまえが進むのは、過去か、未来か、それとも――」
機械のワトソンが言った。
「いま、おまえ自身の“真実”を選べ」
私はひとつ深く息を吸い、前を向いた。
そして、最後の言葉を口にした。
「私は、探偵だ。真実に辿り着くためなら、どの時代であろうと足を踏み入れる」
次の瞬間、記憶の都市が音を立てて崩壊した。
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