線香花火

鋏池穏美

一、

※ASMR部門の台本形式。//SEは効果音です。



//SE 夜の虫の声。草むらからジジジ……と涼やかに続く

//SE 遠くで花火大会の音が、間を置いてドン……ドン……と小さく響く

//SE 夏祭りの太鼓や笛の音も、風に乗って微かにのぼってくる

//SE 砂利道を踏む足音が、こちらへ近づく


「……あ、こっちこっち」


(少し安堵して、けれど照れ隠しのように)

「急に呼び出して、ごめんね。……えへへ、久しぶりだべ」


(少しの沈黙)

「……あぁ、だめだぁ。言いたいこと色々と考えてたんだけど、胸のとこがきゅうってなって、言葉がうまく並ばねぇの。なんでだべなぁ」


(言いよどんで、慌てたように)

「え? 話し方が変? ……あ、やっぱり気づいたが。前より少し、訛ってないでしょ」


(頬をかくように、恥ずかしそうに)

「その……あんたが都会に行ったから、私も標準語を覚えようと思ったんだぁ。動画とか、発音のアプリとか、ノートに『ですます』の言い回しを写して、毎日ちょっとずつ練習してさ」

「でも、ぜんぜん上手くいかなくて……。結局、変な日本語になってまう。ほら、今も中途半端になってるべ? 『しまう』って言いたいのに『まう』になっちゃうし、『でしょ?』が『るべ?』って口から出るし」


(自嘲して笑い、指先でもう片方の手の甲をつつく)

「……ほんと、私って何やっても不器用だべなぁ。声までぎこちなくなるの、どうすりゃいいんだがわがんねぇ。……だめだぁ。あんたと話してると、どんどん訛ってまう。ちゃんと標準語話すって、決めだのになぁ。……うん。ちょっと待ってで。自分の中でスイッチ、バチッと入れるがら」


(少し間をおいて、気を取り直すように)

「……来てくれて、ほんとに嬉しい……じゃ」


//SE 風が木立を抜け、葉をさらさらと鳴らす


「ごめんごめん。やっぱまだだめだ。変な日本語だけど、笑わねぇでくれな」

「ここ、覚えてるべ? 昔からよく二人で来てた公園。町の灯り、海のほう、港のクレーンの影……ぜんぶ見える高台」

「夜になるとさ、街灯のオレンジ色と、港の赤いランプ。この時期は遠くの祭りの明かりが点々と浮かぶべ? 子どもの頃は、それだけで宇宙みたいに思えたもんだじゃ。ほら、あそこ、観覧車みたいに見える陸橋のライト、今も点いてる」


(懐かしむように)

「夏休みは、毎年ここで花火したよなぁ。……線香花火、覚えてるべ?」


(間を置いて、少し笑う)

「私、いつも途中で落っことして。あんたに『またかぁ』って笑われて……。悔しいような、でも、それでも笑ってくれるのが嬉しくて。落ちた火玉、二人で砂利から探して、指の腹がちょっと黒くなってさ」


(小さく息を吸う)

「今でも、手に火薬の匂いが残ってる気がするんだ。記憶の中の匂い。ふんわりとさ、漂うんだぁ。……思い出すと胸があったかくなる。あんたは、どう?」


//SE 遠くの拍子木の音。屋台の呼び込みが風に溶けて、かすかに聞こえる

//SE 港の方角で船の汽笛


「……都会に行って、一年ぶりだべ。どう? 向こうの暮らしは」

「朝の電車、ぎゅうぎゅうで、本屋の数がいっぱいで、夜なのに、いつまでも明るくて。やっぱり、人多くて、賑やかで、私なんかじゃ想像もつかないくらい、忙しいんだべか?」


(少し笑いながら)

「私さ、あんたがいなくなってから、なんか胸にぽっかり穴があいたみたいで」

「町も、夏も、同じはずなのに……全部違って見えるんだじゃ。あのベンチも、ブランコも、街灯の虫も、なんか……音が足りない感じするっていうか。二人でここにいる音が、抜けてしまったんだなって。ほら、あんたとはさ、幼稚園から高二の夏までずっと一緒だったべ? いるの、当たり前すぎて、当たり前が、壊れて……、あんたのこと、私……」


(言いかけて言葉を飲み込む)

「……あ、ごめん。変なこと言った。久しぶりに会えたのに、重い話ばっかりして」


//SE がさがさとビニール袋を抱え直す音。


「えっと……ほら。これ。今年も買ってきたんだ」


(照れ笑いしながら)

「線香花火。……毎年やってたから、今年は一人でやろうかなって思ったんだけど」

「やっぱり、一人じゃ……火、灯すのも怖くて。だから、来てほしかったんだぁ」


(視線を落として、真剣に)

「……また一緒に、やろう。最後になるかもしれないけど」


//SE しゃがむ衣擦れの音。

//SE 袋から線香花火を取り出す音

//SE マッチ箱を取り出す、木の軋み


「手、ここが……? うん、わがった。じゃ、いぐよ」


//SE マッチを擦る音。シュッと小さな火が生まれる

//SE 静かに燃えるマッチの小さな炎


「……うまぐつぐがなぁ。震えでまうじゃ」


(緊張したように息を詰めて)

「……あ、ついだ」


//SE チリチリ……と小さな火花。火玉がふるえ、時折、ぱち、と弾ける


「きれいだなぁ……。子どもの頃はただ笑って見てたけど、今はなんか、胸にじんと来るべ。……ね、最初は『蕾』っていうんだって。丸くふくらんで、んで、次は『牡丹』。花が咲いたみたいに火花が散るかららしいけど……」


(少し沈黙して)

「……ねぇ。あんたは、変わってないべな? 向こうに行っても、昔みたいに優しくて……なんでもできて……」


(自嘲気味に)

「……私とは違ってさ。こっちは、いまだに『カップ麺をきれいに作る』も失敗するし。『お湯、線の上ちょっとまで』のちょっとが難しいんだじゃ。掃除しても、ほこりを見逃すし、卵焼きは焦げるし、スマホのカメラは指が写るし……、あんたと違って、不器用すぎて嫌になってまう」


(笑って首を振る)

「……ごめん、愚痴っぽいね。……でも、こうして笑えるの、やっぱり嬉しい」

「え? 今の、標準語っぽかった? まあでも、イントネーションはやっぱ変だべさ」


//SE 火花が落ち、ぱちんと消える音


「あ……また失敗してまった」


(小さく笑って、肩をすくめる)

「結局、私ってこうだべ。……でも、いいんだ。あんたと、こうして一緒にできただけで。それに、まだまだいっぱいあるしてな」


//SE がさがさと袋から線香花火を出す音

//SE もう一度マッチを擦る音。火が灯る

//SE 遠い花火の残響が、ゆっくりと尾を引く


「今度こそ……続くといいな。いんや、続けてみせるべさ」


(ふっと息を整えて、火玉をのぞきこむ)

「……ね、見て。下に落ちた灰が小さな星みたいに見えるべ?」


(小さく笑って)

「都会の星は、ネオンで隠れるって聞いた。ここはちょっとだけ、星が勝つんだべ。ね、ほら、海の上に細い筋みたいに天の川。ほんの少しだけど、反射して見える。織姫と彦星、会えるの、一年に一回だけだってなぁ。そんなの、絶対さみしいはずだべさ」


//SE ベンチにふたり分の影。衣擦れが静かに寄る

//SE 草むらでコオロギが鳴きかわす


「……それにしても、ほんと変だな、私の日本語。もうなんか、よぐわがんなぐなってるじゃ」

「こんな調子で、『おはよう』言うのも練習したんだ。『おはようございます』って、毎日。……でも途中で『ございましゅ』って噛んで、声出して笑ってまった。録音もしてたのに、あとで聴くのつらくて、消してまったなぁ」


(自分で言って、照れて笑う)

「笑ってんのが? うん、まあでも、笑ってくれ。笑われたら、ちょっと楽になるんだ。……ありがと」


(そっと視線をあげて)

「……海の方、また大玉上がった。ほら、ピンクの。あ、音、来るよ」


//SE ドォォン……と腹に響く大きな一発


「綺麗だじゃぁ」

「……ひさしぶりに、同じ音、同じ空、同じ場所で……同じ『綺麗だじゃぁ』が言えるの、うれしい」


(握っていた線香花火が消えかけて、息をのむ)

「……あ、待って。落ちる……」


//SE 火玉がするりと落ち、砂利に小さく散る


「……うん。大丈夫。次があるべ」


//SE 袋から新しい線香花火を取り出す音。ふう、とさりげなく息を整える


「よし。もう一回、つけよ。……ね、手、貸して。いや、やっぱり……大丈夫。自分で、やってみる。そうしねぇと、前に進めねぇんだ」


//SE マッチを擦るシュッという音

//SE チリ……チリ……と小さな光が戻る


「この匂い、なんか帰ってきた気がするって? なに、それ。まあでも……」


(小さく笑って、ささやくように)

「……おかえり。……こっちはずっと、夏の匂いのままだったよ。あんたとの思い出、鼻の奥に燻ってんだぁ」


//SE 風が草の背を、さわさわと撫でる


「そういえばさ、標準語の本に語尾をやわらかくするコツって章があって、『~だよ』『~かな』『~かも』って、真似して書きまくった。『だべ』『だじゃ』の代わりに、何回も」

「でも、口がね、覚えてるんだぁ。小さい頃からの音。家の言葉、町の言葉。あんたとの……会話。……それ、嫌いになりたくないなって、途中で思った。だから、こうして混ざってるの、今の私の精一杯ってことで、笑って許してけろ」

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