二、


//SE 夜が少し深くなる。虫の鳴き声が増え、時折、風鈴のような金属音が遠くで揺れる

//SE ベンチの木がわずかに軋む。衣擦れ。足元の砂利がさく、と鳴る


「さっきから、手、震えてるの、見えてるべか。……やっぱり、緊張してるんだべな、私」


(小さく息を吐いて)

「うん。深呼吸したら、少し落ち着いた。……ありがと。無言でも、隣にいるの、やっぱ心地いい」


//SE チリチリ……線香花火の火玉がふるえながら、かすかに膨らむ


「……さっきの続きだけど、線香花火の火花、『蕾』、『牡丹』、『松葉』、『柳』、『散り菊』って名前、順番に変わってくんだと。……ん? やげに詳しいなって?」


(耳元で囁くように)

「……図書室の古い本で見づげだの」


(ふふっと笑って)

「なんで私、ひそひそ話してるんだべ」

「見づげだ本は小さな挿絵付きでな、線香花火、江戸時代からあるんだって。何百年も前から同じ火ぃ見て、綺麗だなぁって思って……。なんかそれ考えると、不思議と心が静まんだぁ」


//SE パチパチっと線香花火が鳴る


「こうやって丸く牡丹みたいに咲いて、ちょっと針が出て松葉になって、最後ゆっくり柳みたいに垂れて、菊の花ぁ咲かせるんだと。……それで、おわり。……終わるって言葉、今日だけは、ちょっと怖い」


(火玉が震え、あわてて角度を変える)

「……待って、まだ……まだ行ける。角度、下げすぎないで……。指、力、抜いて」


//SE 火玉が持ち直し、チ……と小さく澄んだ音


「よがったぁ。……ね、こういうのも昔は全部、あんたがやってくれてた」

「『持ち手はこう』、『風は背に回して』、『手は力入れすぎない』って。私、聞いてもすぐ忘れて……また失敗して、あんたが笑って、私も笑って」


(苦笑まじりに)

「勉強も部活も、料理も。ぜんぶ半端で、どっかで失敗してよぉ。……標準語だって、結局こうだがらなぁ。『おはようございます』も『ありがとうございます』も、語尾でつまずくし、つまずがないで、進みてぇんだぁ」


(自嘲気味に)

「やっぱ……変な日本語になってるなぁ。私、何もうまぐできねぇんだ」


(間をおいて、明るく言い直す)

「……でも、標準語の練習やめなかったのは、たぶん、あんたが都会にいるからだべ。あんたの隣で変じゃない言葉、ひとつくらい言えるようになりたいって。なんか、かっこつけたいって」


//SE 火玉がぽ、と跳ね、砂利に消える


「あ。……落ちた。ごめん。私、また」


(すぐさまがさがさと袋を探り)

「なんであんたが謝るんだべ? 大丈夫だぁ。ほら、次のを。……うん、貸して。マッチ……ありがと」


//SE マッチを擦る。シュッ。炎の小さな唸り

//SE チリ……と火が移る


「……ねぇ」


(火玉を見つめたまま、静かに)

「私、ずっと数えてたんだ。ここで何回、火ぃ、落としたかなって。……たぶん、数え切れないべ」


(微笑を含み)

「……でもね、途中で数えるの、やめたんだ。落ちた数より、もう一回つけた回数のほうが、ちょっとだけ多いから。私の『もう一回』は、いつもあなたが隣にいてくれたから、出てきたんだよ。……あ、今のうまぐ喋れだ気がする」


(夜風が少し強く吹き、身をすくめる)

「……それから、もう一つ。……聞いてほしいことがあるんだ」


(言葉を選び、ゆっくり)

「……私、さ。一年前に、決めたことがあるの。ここで、線香花火、最後まで一人でできたら……前に進むって」

「実はね、去年の夏、一人でここ来て、挑戦したんだ。あんたがいなくなった夏。でも火玉はすぐ落ぢでまっでさ、夜の砂利にちいさく散って……」

「だから、見ててくれねぇべか? ただ──見てて。頼る手を出してほしい時もあるけど、今夜だけは、見守っててほしい」


(照れ隠しに笑って)

「かっこつけすぎだなぁ。……でも、ほんとの気持ち」


//SE 火玉が小さく鳴き、針のような光が四方に散る


「松葉……出てきた。うん、順調。ね、今、柳になりかけてる。きれい……。光が音を消すみたいで、胸の音だけが聞こえる」


(言いながら、角度をほんの少し上げる)

「この角度、覚えた。──覚えた、つもり。ちゃんと、覚えてたい。忘れないように、指に刻むみたいに」


(火玉がふと弱り、息を呑む)

「……待って、まだ、いける」


//SE 衣擦れ。肘を膝に軽く置き、手の震えを抑える


「……ねぇ、都会は、朝の匂いが違うんだべか。パンの匂いとか、コーヒーとか、車の匂いとか。こっちは、山の匂いと、畑の土の匂いでさ。朝の風に海の潮が混じると、夏休みって感じする」


(自分で言って、苦笑)

「そんなこと言ってる場合じゃないって? うん、わがってる。集中するはんで、見でで」


//SE 火玉がわずかに膨らみ、やわらかな柳の糸が垂れ始める


「……柳。ねぇ、見える? 細い光が、音もなく落ちてく。息、止まるね、これ。止まってる?」


(小さく笑って)

「私も、止めてる。ううん、止めない。ちゃんと呼吸する。……するべ。ゆっくり、吸って、吐いて」


(火玉が小さく爆ぜ、最後の一筋がしだれ落ちる)

「──いける。まだ、光ってる。……散り菊だ。すごい。私、今、ちゃんとやってる。ね、聞こえる? 手の中で、小さな星が鳴ってる。え? 星か花かどっちかにしろって? 仕方ねぇべ。中途半端なのが私なんだぁ」


//SE 火玉がふっと小さく揺れ、持ちこたえる


「ね、あんた、向こうでさ……新しい友だち、できた? 好きな店とか、交差点とか、ある? ……話して。ううん、今じゃなくていい。あとでいっぱい、聞かせて」


(言葉を整えて)

「今日の私は、『聞くより先に、見せたい日』。うまく行くか、見てて」


//SE 遠く、太鼓のドンドンという音。まつり囃子がかすかに重なる


「ドンドンだ。……昔、太鼓の音だけで、誰が叩いてるか当てっこしたの覚えてる? ……って、最後まででぎだ!」


(明るく笑って、ふっと真顔に戻る)

「……ね、もう一本、続けてやってもいい? 今のは、前に進む『一歩目』で、もう一歩、踏みたい」


//SE 使い終えた線香花火を金属缶に落とす小さな音

//SE 新しい一本を取り、指先でまっすぐにしならせる


「ありがと。……緊張してるけど、怖くない。怖くないよ。だって、隣にいるから」


//SE マッチ。シュッ。火が吸い付くように移る

//SE チチ……と最初の蕾が鳴る


「見てて。今度は、最初から手を軽く。肩、上がってる。下ろす。背中の力、抜く。指の先だけで、支える。──そう」


(ふと笑って)

「大丈夫だべ。今の私、けっこう、かっこいいべ? ……言い過ぎ?」


//SE 火玉が張りを増し、微細な音を奏でる


「……もし、このまま最後まで行けたら、その……いや、やめた。言わない。今は『見てて』だけ」


(火玉に視線を戻し)

「いけ。──いけ、私」


//SE 柳が長く垂れ、ふいに風が止む。耳鳴りのような静けさ


「……ねぇ、静か。……世界、今、黙ってる。私に、時間くれてるみたいだ。夜の音が引いて、心臓の音だけ残る」


(息を小さく吸って、吐く)

「前に、進む。一歩踏み出しただけじゃだめ。進む、進む」


//SE 火玉が最後の微光をたたえ、遠くでドンッ、と花火が爆ぜる音


「できた……! まだでぎだよ!」


(震え声で)

「見た? 今の。……私、今、落ちなかった。ね、ね、落ちなかった」


//SE わずかな沈黙。遠い花火の音だけが、静かに響く


「……ありがと。隣に、いてくれてるから。ね、もう一本……、いや、いい。こうやって中途半端にするのが、私の悪い癖。踏み出した。もう、踏み出した。手も足も震えてまうけど、うん、大丈夫。あのね、私──」


(言いかけて、首を振る)

「……ごめん、ちょっと待ってけろ。ん? なにを待つのかって? それは……」


//SE ベンチに座り直す衣擦れ。


「え? ひと仕事終えたみたいな顔してるって? そりゃまあ、一世一代の大勝負だったからだべさ」


(照れ笑い)

「……あんたにも、伝わってる? 私、うまくはできないけど、頑張ってるって。自分で『頑張ってる』って言うのはバカみたいだけどさ、今日だけは、言わせてけろ」


//SE 遠くで花火大会終盤の連発花火が始まる。間を置かず、パパパ……と小さな連射音


「もうすぐ、クライマックスだべ。……あの連発のあと、ひと呼吸あって、ドンと大きいの来るの」


(空を見上げて)

「来年も、見たいな。同じ音、同じ空。……同じ人と」


(小さく、決意を噛みしめるように)

「前に進むって、こういうことだべ、きっと」


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