東アジアにおける人類料理史(3/3)

■ 5. 大衆消費料理期 ― インスタント麺と外食産業の拡大


●5.1 食材 ― インスタント食品と畜産物の普及


20世紀後半、冷戦体制と高度経済成長の中で、東アジアの食材は大量生産と大量消費を基盤とする体制に移行した。象徴的なのはインスタント麺の爆発的普及である。台湾・韓国・中国大陸では即席ラーメンが国民食となり、日常的エネルギー源として定着した。


また畜産業の近代化と輸入自由化によって牛肉・豚肉・鶏肉の消費量が増大し、肉食はかつての贅沢から日常的な食習慣へと転換した。乳製品やパンも都市部を中心に普及し、米と小麦の併用が一般化した。食材は「地域農業産物」から「工業製品としての食品」へと完全に変容したのである。


●5.2 調理技術 ― 迅速化と規格化


この時代の調理技術は効率性と均質性を志向した。家庭においては電子レンジの普及が料理の時間を短縮し、冷凍食品やレトルト食品を容易に日常化させた。


外食産業では、ファストフードやチェーンレストランが拡大し、調理工程はマニュアル化・機械化された。フライドチキンやハンバーガーはアメリカ文化の象徴として普及したが、中国や韓国では現地化(辛味ソース、キムチ添え)が進み、「ローカル化されたファストフード」として再定義された。


●5.3 器具 ― 家電と大量調理システム


家庭用器具は高度に家電化した。冷蔵庫・電子レンジ・炊飯器は各国の家庭に必需品として普及し、調理の負担を大幅に軽減した。特に都市部では「共働き世帯」の増加と連動し、家電は生活必需のインフラとなった。


外食産業や給食制度では、大量調理システムが導入され、セントラルキッチン方式や工場調理が日常化した。これにより、学校給食・企業食堂・軍隊食は「規格化された料理」を社会全体に普及させる制度的基盤となった。


●5.4 社会制度 ― 給食・チェーン店・国家政策


大衆消費料理期の東アジアでは、料理は国家制度や市場システムの中核へと組み込まれた。学校給食は栄養改善と近代的食習慣の普及を担い、工場・軍隊では大量調理が効率的労働管理の一環として制度化された。社会主義中国における食堂制度、韓国や台湾における給食制度は、いずれも「食を国家が管理する装置」として機能した。


外食産業においては、ファストフードチェーンや大型レストランが急速に拡大した。特に韓国や中国都市部では、アメリカ型チェーン店と在来の食堂文化が併存し、料理は「消費社会の標準的サービス」として定着した。国家政策もまた食料増産・配給制度を通じて料理の大衆化を制度的に支えた。


●5.5 価値観 ― 効率・均質・大衆性


この時代を支配した価値観は「効率」「均質」「大衆性」であった。インスタント食品や外食チェーンは、短時間で均一の味を提供することを最大の価値とし、都市生活に適応した。料理は家庭的労働の負担軽減を象徴し、「近代的ライフスタイル」と結びついた。


しかし同時に、伝統料理の衰退や栄養バランスの偏り、肥満や生活習慣病といった健康問題が社会的課題として顕在化した。効率化と大量消費を基盤とする価値観は、次のグローバル料理期における「健康」「環境」「地域性」への回帰を準備する契機となった。


●5.6 総括


東アジアにおける大衆消費料理期は、料理が工業化・標準化され、国家制度と市場を介して社会全体に浸透した時代である。食材は加工食品として供給され、調理は工場と外食産業へ移り、家庭は「仕上げ」の場へと変化した。


社会制度においては、給食・食堂・チェーン産業が料理を制度的に管理・提供し、価値観においては効率・均質・大衆性が支配した。したがってこの時代は、東アジア料理史における「料理の消費社会的再編期」と総括でき、後続するグローバル料理期における多様性と環境倫理への転換を準備する歴史的基盤を形成した。



■ 6. グローバル料理期 ― 多国籍料理と中華料理の世界化


●6.1 食材 ― 世界流通と代替タンパク質の導入


20世紀後半から21世紀にかけて、東アジアの食材供給は国際市場との連動によって飛躍的に拡張した。冷凍・航空輸送の発達により、アボカド・チーズ・サーモンといった食材が日常的に流通し、中華料理に新しい要素として組み込まれた。回転寿司ならぬ「回転火鍋」や「サーモン寿司」など、外来食材の現地化は象徴的事例である。


同時に、人口増加と環境負荷への対応として、大豆ミート・培養肉・昆虫食など代替タンパク質が試験的に導入され、特に中国や韓国では国際展示会や都市の高級レストランで提供されている。食材は「自然の恵み」から「技術の産物」へとシフトしつつある。


●6.2 調理技術 ― フュージョンとデジタル化


グローバル料理期の調理技術は、文化融合と情報化によって大きく変容した。中国では四川料理の辛味と西洋のソースを組み合わせた新しいフュージョン料理が流行している。キムチタコスやプルコギピザといった料理は、多国籍化と現地化の同時進行を示す好例である。


さらに、デジタル技術は調理と食文化の拡散を支えている。SNS・動画配信・オンラインレシピは、中華料理を瞬時に世界へ広め、食文化を「国際的コンテンツ」へと変貌させた。


●6.3 器具 ― スマート家電と伝統器具の共存


器具においては、最新のスマート家電と伝統器具が並存している。韓国ではIoT対応の冷蔵庫がキムチの熟成度を管理し、中国都市部では自動調理鍋やアプリ連動式オーブンが普及している。一方で、鉄鍋・石鍋・蒸籠といった伝統器具は依然として料理の本格性を保証するものとして重視され、むしろグローバル市場で「東アジアらしさ」を象徴するブランド資源として輸出されている。


●6.4 社会制度 ― グローバル市場と国家戦略


グローバル料理期において、中国を中心とする料理文化は「世界的ブランド」として制度化された。中華料理は「チャイナタウン」を拠点に欧米・東南アジアに広がり、国家も「食文化輸出」をソフトパワー戦略として推進した。北京ダックや四川料理は観光産業と結びつき、食文化は国際市場での「国家的資源」となった。


一方で、都市化と経済成長に伴いファストフードチェーンや大型レストラン産業も拡大した。セントラルキッチン方式による大量調理やデリバリーアプリの普及は、食を公共インフラとして再編し、料理を「都市サービス産業」の一部に位置づけた。


●6.5 価値観 ― 多様性・健康・環境倫理


この時代の価値観は「多様性」「健康」「環境倫理」を軸に展開した。中国都市部では火鍋や点心に外国食材を取り入れる「中華フュージョン」が盛んとなり、多様性は料理の魅力として積極的に追求された。


健康志向も顕著である。伝統医学と結びついた「薬膳」は再評価され、グローバル市場でも「健康的な中華料理」として売り出された。環境倫理の観点からは、フードロス削減や持続可能な漁業・畜産の議論が進み、料理は地球規模の倫理的選択として再定義されつつある。


●6.6 総括


中国を中心とする東アジアのグローバル料理期は、「中華料理の世界化」と「地域再編」の二重性を帯びた時代である。食材は国際的に流通し、調理技術は融合とデジタル化を遂げ、器具はスマート家電と伝統器具が共存した。


社会制度においては、中華料理は国家戦略と国際市場の双方で制度化され、価値観においては多様性・健康・環境倫理が新たな基準を形成した。したがってこの時代は、料理が「民族的枠を超えた国際文化資源」として展開する局面であり、東アジアの人類料理史における最も普遍的な位相を示すものと総括できる。



■ 締め


東アジア(日本を除く)における人類料理史を農耕料理期からグローバル料理期まで通観すると、その核心は「中華文明を軸とした食文化の形成と拡散」に見いだされる。農耕料理期には黄河の雑穀と長江の稲作が二重構造をなし、大豆発酵文化とともに普遍的基層を築いた。


都市文明料理期には宮廷礼制と宗教儀礼を背景に、料理は社会秩序と権威を象徴する制度的営みとなった。大航海交易料理期にはトウガラシ・サツマイモ・トウモロコシといった新大陸作物が導入され、農村の救荒食と辛味文化が確立した。


産業近代料理期には西洋料理・栄養学が流入し、都市の食文化は折衷と科学化を遂げ、同時に民族的食文化の再確認が進んだ。大衆消費料理期にはインスタント麺・冷凍食品・外食チェーンが普及し、料理は効率性と均質性を追求する産業システムに組み込まれた。


そして現代のグローバル料理期において、中華料理はチャイナタウンを拠点に世界化し、国家戦略や観光産業と連動する「国際文化資源」となった。他方で、薬膳や伝統器具の復権、環境倫理や健康志向の浸透は、料理を単なる享楽ではなく「人類的課題に応答する営み」として再定義した。


すなわち東アジアの料理史は、農耕・礼制・交易・近代化・大衆化・グローバル化の諸段階を通じて、常に「普遍性と地域性」を併せ持つ食文化を生成してきたと総括できる。

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