第2話:雑用スキルとEランクの烙印
研究員の気の抜けた声が、無機質な鑑定室に響く。
悠斗はモニターに表示された文字列から目を離せずにいた。そこに並んでいたのは、彼の乏しい知識の中には存在しない奇妙なスキル名だった。
【整理】、【保存】、【分解】。
(なんだ……これ?)
ファイアボールでも、ソードマスターでもない。ヒールでも、シールドでもない。
戦いを連想させる言葉が、どこにも見当たらなかった。
「あの、これらは……どういうスキルなんでしょうか?」
かろうじて絞り出した声に、白衣の研究員は面倒くさそうにキーボードを叩いた。データベースを検索しているらしい。
「ああ、ちょっと待ってね……珍しいスキルだから、データが少ないな」
彼の呟きに、悠斗の心臓がわずかに跳ねる。
珍しい。それはつまり、ユニークスキルということではないか。もしかしたら、とんでもない可能性を秘めた大当たりなのでは――。
「まず【整理】だけど……」
研究員はモニターを読み上げ始めた。
「情報の可視化、物体の最適配置、空間認識の補助……戦闘への直接的な寄与は認められず。過去の保有者は、ギルドの書庫係や大規模倉庫の管理人なんかに多いね」
(倉庫番……)
悠斗の淡い期待が、音を立てて砕けていく。
続く説明は、さらに彼を絶望の淵へと突き落とした。
「次の【保存】は、対象の状態を一時的に固定、維持するスキル。生鮮食品の鮮度維持とか、そういう用途が主だね。これも戦闘応用例は、ほぼ報告なし」
(ただの冷蔵庫かよ……)
もはや自嘲の笑いすら浮かんでこない。
最後の望みをかけて、三つ目のスキルに意識を集中する。
「最後は【分解】。物質を構成要素にまで分解し、素材を抽出できる。これはまあ、鍛冶職人とか解体業者には重宝されるかな。モンスターの素材を綺麗に取り出せるから」
「……戦闘には?」
「使えないね。発動に時間がかかるし、抵抗する相手には効果が著しく減衰する。死体相手ならともかく、生きてるモンスターには無意味だよ」
研究員は、まるで他人事のように言い切った。その目は、価値のないガラクタを鑑定した後のように冷めている。
倉庫番。冷蔵庫。解体屋。
それが自分に与えられた力の正体だった。
会社をリストラされ、最後の望みを託した結果がこれだ。
(結局、俺はどこまで行っても『雑用係』ってことか)
システムエンジニア時代もそうだった。派手なプロジェクトを率いる花形のエンジニアではなく、地味な保守運用やデバッグ作業ばかりを担当してきた。
縁の下の力持ちと言えば聞こえはいいが、要は誰でもできる雑用だ。そして、真っ先に切り捨てられる存在。
「まあ、こういうスキルもあるからね。落ち込まないで。戦闘は無理でも、後方支援のパーティでなら……いや、それも難しいかなあ。運搬係くらいなら、あるいは」
その言葉が、悠斗の胸に深く突き刺さった。
「……ありがとうございました」
かろうじて礼を述べ、悠斗はふらつく足で鑑定室を出た。
扉が閉まる直前、研究員が他の誰かに話しているのが聞こえた。
「いやー、今日の鑑定はハズレばっかりだな。さっきの彼? 筋金入りの雑用スキルだったよ」
悪意のない純粋な感想。だからこそ、より一層心を抉る。
待合室に戻ると、残っていた若者たちが好奇の視線を向けてきた。彼らの期待に満ちた目が、今の悠斗にはひどく眩しく、そして痛かった。
すれ違いざま、次に鑑定を控えていた金髪の青年が、馴れ馴れしく肩を叩いてきた。
「どうでした? なんかスゲーのでました?」
「いや、それが……」
悠斗が口ごもっていると、その青年はニヤリと笑った。
「まあ、見りゃ分かりますよ。そんな顔してるってことは、お察しって感じっすね」
彼は悠斗を追い越し、意気揚々と鑑定室に入っていく。
背後で「俺は【雷槍】とか来ちゃうかもなー!」などと騒いでいる声が聞こえた。
周囲から、くすくすという忍び笑いが漏れる。
誰も悠斗を直接罵倒はしない。だが、その憐れみと侮蔑が入り混じった視線は、どんな罵声よりも雄弁だった。
受付カウンターに戻る。先ほどの女性職員は、すでに悠斗の鑑定結果をデータで受け取っているのだろう。その表情は、先ほどよりもさらに冷え切っていた。
「田島悠斗様ですね。登録手続きを完了します」
彼女は事務的にタブレットを操作し、カード発行機から出てきた一枚のプラスチックカードを差し出した。
「こちらが探索者カードになります。ランクは『E』です」
「……Eランク」
「はい。スキル適性、初期ステータス等を総合的に判断し、戦闘能力が著しく低い、あるいは戦闘に不向きと判断された探索者に付与されるランクです」
マニュアルを読み上げるような、抑揚のない声。
「Eランク探索者の単独でのダンジョン進入は、原則として推奨されません。死亡率が極めて高いため、活動される際は必ず後方支援に徹するか、高ランクの探索者とパーティを組むことを強く推奨します」
悠斗は震える手で、そのカードを受け取った。
自分の顔写真と名前。そして、その横にはっきりと刻まれた『RANK:E』の文字。
これが、社会から弾き出された俺の新しい身分。新しい烙印。
「以上で手続きは終了です。お疲れ様でした」
職員はそう言うと、すぐに次の人間の対応へと移ってしまった。
悠斗のことなど、もう記憶の片隅にも残っていないだろう。
ギルドの自動ドアを抜け、再び渋谷の雑踏の中に立つ。
行き交う人々の喧騒。巨大なスクリーンに映し出される、トップランカーの活躍。
そのすべてが、自分とは無関係な世界の出来事のように感じられた。
(どうして、こうなった……)
胸ポケットに入った探索者カードが、鉛のように重い。
リストラされた現実。ハズレだと断定されたスキル。嘲笑と憐れみの視線。
もう、何もかもやめてしまおうか。実家に頭を下げて、田舎に帰るか? いや、プライドが許さない。なけなしの貯金を切り崩しながら、日雇いのバイトでも探すか? それもいつまで持つか分からない。
(逃げたって、腹は減るんだ)
結局、現実はどこまでもついてくる。家賃、光熱費、食費、税金。生きているだけで金はかかる。
(スキルは……あるんだ)
戦闘には使えない、ガラクタみたいなスキルだ。けれど、ゼロじゃない。何もないよりは、きっとマシなはずだ。
悠斗は、ふと自分の経歴を思い返した。
SE時代、複雑に絡み合ったコードを整理し、仕様書を分かりやすくまとめてきた【整理】。
重要なデータをバックアップし、いつでも復元できるように管理してきた【保存】。
巨大なシステムをモジュールごとに分解し、問題の箇所を特定してきた【分解】。
(……偶然か?)
与えられたスキルは、まるで今までの自分の社会人人生を要約したかのようだ。
そもそも、スキルという力はダンジョンやモンスターから放出される『魔素』が満ちた環境でなければ、その効果を十全に発揮できない。
魔素の薄い一般社会では、彼のスキルなど「少し整理整頓が得意」「記憶力が良い」程度の、ありふれた個性として埋もれてしまうのだ。
地味で、目立たなくて、誰からも評価されない。だけど、確かに自分が行ってきた仕事そのものだった。
(使い方次第で……何とかなるんじゃないか?)
いや。何とかするしかないんだ。他に道はないのだから。
ザアアッと冷たい風が吹き抜ける。悠斗は思わず身震いした。
しかし、その心には先ほどまでとは違う、小さな火が灯っていた。
嘲笑されたっていい。見下されたって構わない。
(見てろよ)
誰に言うでもなく、心の中で呟く。
(雑用スキルで、この世界を生き抜いてやる)
悠斗はポケットのEランクカードを、強く握りしめた。そのプラスチックの感触が、彼の唯一の武器であり希望だった。
彼はもう一度、そびえ立つギルドのビルを振り返る。
そして今度は迷わずに踵を返し、歩き出した。
まずは最低限の装備を整えなければならない。そして、自分のスキルを試す場所へ。
全ての探索者が最初に訪れる場所。『ゴブリンの洞窟』と呼ばれる初級ダンジョンへ。
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