雑用スキルで生き延びる ―リストラ社会人のソロダンジョン攻略記―
りおまる
第1部:リストラ探索者の誕生
第1章:どん底からの再起と最適化
第1話:解雇通知と最後の選択肢
モニターの光が、乾いた目に染みる。
システムエンジニアとしてこの会社に入り、もうすぐ七年が経とうとしていた。
特別に優秀なわけでもない。
かといって、致命的なミスを犯すほど無能でもない。
与えられたタスクを淡々とこなし、たまに理不尽な仕様変更に舌打ちする。
そんな、どこにでもいる平凡な社会人の一人だった。
(今日も平和だな……)
キーボードを叩く音だけが響く静かなオフィスで、悠斗は小さく息を吐く。
変化のない毎日。
それが安定だと、つい昨日までは信じていた。
「田島くん、ちょっといいかな」
背後からかかった声に、悠斗の肩がわずかに跳ねた。
声の主は人事部の高橋課長。
いつもはにこやかなその顔から、一切の感情が抜け落ちている。
(嫌な予感がする)
周囲の同僚たちが一瞬だけこちらに視線を向け、すぐに逸らす。
その不自然な動きが、悠斗の胸騒ぎを確信へと変えていく。
「はい、なんでしょうか」
平静を装って立ち上がり、悠斗は高橋課長の後ろについて歩き出す。
向かう先は四階の小会議室。
社内では『宣告室』と揶揄される場所だった。
ギシと安っぽい椅子が鳴る。
高橋課長が、形式的な書類をテーブルの上に滑らせた。
「田島くん。残念だが、君は来月末付けで契約終了、つまりリストラだ」
冷たい会議室で、直属の上司は申し訳なさそうな顔すら見せずに言い放った。
「つきましては、本日をもって出社には及びません。残りの期間は有給消化扱いとします。これは会社からの温情だと思ってくれたまえ」
事実上の、即日解雇通告だった。システムエンジニアとして7年間を捧げたプロジェクトは、会社の経営方針の転換であっけなく切り捨てられた。情報漏洩や他の社員への動揺を防ぐため、不要になった人材は即座に排除する。それがこの会社のやり方だった。
私物を詰め込んだ段ボール箱を抱え、追い出されるようにオフィスビルを出る。給与が振り込まれる普通預金の口座は、先日の引き落としでほとんど空になっていた。
(退職金と、なけなしの貯金で……どれだけ持つ?)
頭の中で計算し、すぐに絶望的な数字が浮かび上がる。せいぜい、4ヶ月。
7年も働いてなぜこれしか貯金がないのか。それには理由があった。地方に住む病気がちの両親へ、毎月欠かさず仕送りを続けていたからだ。悠斗にとって、それは息子の当然の義務だった。
(再就職先を探さないと……)
だが、その思考がさらなる絶望を連れてくる。
悠斗が7年間扱ってきたのは、時代遅れの自社製開発言語で構築された、巨大で複雑な『レガシーシステム』の保守・運用だけ。社外では何の役にも立たない、完全に潰しの効かないスキルだった。
25歳。若くして、彼は技術の墓場に生き埋めにされていたのだ。今から新しい言語を学び直したところで、実務経験のある若手に勝てる見込みはない。
「どうしろって言うんだよ……」
家賃、光熱費、そして仕送り。待ったなしで金は消えていく。社会のレールから突き落とされ、キャリアという梯子も蹴り飛ばされた。八方塞がりとは、まさにこのことだった。
一人暮らしのワンルームマンションに帰り着く。
コンビニで買った弁当を、味も分からないまま胃に流し込んだ。
テレビをつけると、どこか遠い世界のニュースが流れている。
『本日未明、新宿エリアに新たなダンジョンゲートが出現しました』
『政府は探索者ギルドと連携し、初期調査チームを派遣する方針です』
ダンジョン。
十年ほど前に世界各地で突如として現れた、異次元への入り口。
そこから現れるモンスター。
そして、それに立ち向かう『探索者』と呼ばれる超人たち。
最初はSF映画のような話だった。
だが今では、すっかり日常の風景に溶け込んでいる。
探索者は、特別な力――『スキル』に目覚めた人間だけがなれる職業だ。
スキルを鑑定し、ギルドに登録すれば、誰でもダンジョンに挑むことができる。
成功すれば一攫千金。
失敗すれば、死。
ハイリスク・ハイリターン。
自分のような凡人には、縁のない世界だと思っていた。
『また、探索者ギルドでは、随時新規登録者を受け付けています。スキルさえあれば、学歴も職歴も問いません』
アナウンサーの言葉が、空っぽになった悠斗の心に突き刺さる。
(学歴も、職歴も問わない……か)
リストラされた今の自分にとって、それは悪魔の囁きのようにも聞こえた。
SEとしてのキャリアは、ここで途絶えた。
この歳で、まともな再就職先が見つかる保証はない。
貯金は、切り詰めれば数ヶ月は持つだろう。失業保険を足したところで、問題を先延ばしにできるだけだ。
だが、その先は?
ダンジョンが生まれてからは、探索者ギルドや関連企業に優秀な人材も金も全部吸い上げられて、普通のIT企業などは、いつ潰れてもおかしくない斜陽産業と化していた。
腕の立つエンジニアはギルドのシステム開発や魔道具の解析といった高給な仕事に引き抜かれ、古い業界に残されるのは悠斗のような潰しの効かない人間ばかり。
そんな状況で、まともな再就職先が見つかるはずもない。
家賃を払えなくなり、この部屋を追い出される。
そんな未来が、すぐそこまで迫っている。
(スキル……)
自分にそんなものがあるとは思えない。
けれど、万が一。
億が一の確率でも、もし自分に探索者としての才能があったなら。
「……試してみるしか、ないのか」
ぽつりと、独り言が漏れた。
それは希望というより、他に選択肢がない者の悲痛な呟きだった。
溺れる者は、藁をも掴む。
今の悠斗にとって、探索者ギルドという存在が、最後の藁だった。
数日後。
悠斗は、渋谷にある探索者ギルド本部の前に立っていた。
近未来的なデザインの高層ビルは、周囲の建物から浮き上がっている。
まるで、ここだけが別の世界であるかのように。
(場違い感がすごい……)
出入りしている人間は、いかにも手練れといった風貌の者ばかりだ。
高価そうな装備に身を固めたパーティ。
鋭い眼光を放つ、孤高のソロ探索者。
普段着の自分は、ひどくみすぼらしく見えた。
何度も踵を返そうと思った。
だが、そのたびに空っぽの銀行口座が脳裏をよぎる。
「……行くか」
覚悟を決めて、自動ドアをくぐる。
内部はホテルのロビーのように広々としていた。
巨大なモニターには、各ダンジョンの情報や、高額な懸賞金がかけられたモンスターの名前が映し出されている。
受付カウンターへ向かうと、気だるげな表情の女性職員が対応してくれた。
「ご用件は?」
「あ、あの……新規の、探索者登録を」
悠斗がそう言うと、職員は値踏みするような視線を向けてきた。
「そうですか。では、こちらの申請書にご記入を。その後、奥でスキル鑑定を受けていただきます」
渡されたタブレットに、個人情報を入力していく。
名前、年齢、住所。
そして、前職の欄で指が止まった。
(元・システムエンジニア、か)
数日前までの自分の肩書が、ひどく遠いものに感じられる。
全て入力し終えると、職員は一度無言で奥の部屋を指差した。
そして、淡々と告げる。
「鑑定室は三番です。呼ばれるまでお待ちください」
周りには、自分と同じように登録に来たらしい若者たちが数人いた。
皆、期待と不安が入り混じった表情をしている。
(どんなスキルが出るんだろうな)
火を吹く【ファイアボール】。
鉄をも断ち切る【ソードマスター】。
そんな派手な戦闘スキルがあれば、人生一発逆転も夢じゃない。
(いや、俺にそんな都合のいいスキルが出るわけないか)
高望みはよそう。
せめて、荷物持ちでも何でもいい。
パーティの末席に加えてもらえるような、何か一つでも役に立つスキルがあれば。
「次の方、田島悠斗様。三番鑑定室へどうぞ」
機械的なアナウンスが響き、悠斗は心臓が跳ねるのを感じながら立ち上がった。
鑑定室は、白い壁に囲まれた無機質な空間だった。
中央に、黒いガラス質のパネルが埋め込まれた台座が一つだけ置かれている。そこから伸びる太いケーブルの束が、壁面のサーバーラックへと繋がっていた。
中にいた白衣の研究員が、手慣れた様子で指示を出した。
「はい、ではそのパネルの上に両手を置いてください。すぐに終わりますから」
言われた通り、黒いパネルの上に両手を置く。硬質で冷ややかな感触が、緊張した手のひらに伝わってきた。
(これで、俺の人生が決まる)
目を閉じて、祈るような気持ちで結果を待つ。
すると、パネルの内部で幾何学的な青い光のラインが走り始めた。
光は網目のように広がり、悠斗の手を精密にスキャンしていく。
ブーンという低い機械音と共に、研究員の前のモニターに文字が浮かび上がった。
「……鑑定、終わりましたよ」
研究員の声は、どこか気の抜けたものだった。
悠斗は恐る恐る目を開け、彼の手元にあるモニターを覗き込む。
----------
【新作投稿のお知らせ】
現代ファンタジー『元魔王、ダンジョンに捨てられ「真我」を拾う ~封印した四天王を解放して最強ギルドを築く~』の連載を開始しました。
探索者のランクが人の価値を決める時代。Fランクの界堂冥は、所属ギルドに囮として見捨てられ、死の淵で前世の記憶――魔王アスタロトの力を取り戻します。
人類が崇める「ダンジョン」は自らが仕込んだ貯蔵庫に過ぎず、Sランクモンスターすら元ペット。冥は封印していた四天王を解放し、最強ギルド『パンデモニウム』を設立します。
「悪意には悪意を。好意には好意を」
感情的な復讐ではなく、魔王の流儀である「等価交換」に基づき、世界に静かなる清算を届けます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます