寝覚めはいつも気分が悪い
窓から差す光を浴びて、暗夜は目を覚ました。
嫌な夢を見た。あれから二年も経つけれど、暗夜は今でも、頻繁にあの時の夢を見る。
血まみれのキーナの顔。歪んだ目つき。こちらに伸びてくる、魔物の血にまみれた赤い指先。
昨夜の食後、城の中を軽く散策しておこうと思ったのだが、アドレインに必死に止められた。部屋に押し込められて、ふてくされてベッドの上で寝そべっているうちに眠ってしまったようだ。寝起きで回らない頭を振って、暗夜は上体を起こす。尻の下から、粗末なベッドの鳴き声がした。
不意に小さな音で、扉がノックされる。暗夜が扉の方に目を向けると、緩慢な動作で扉が開かれて、その隙間から金色の頭が滑り込んできた。心臓が跳ねる。
「輝夜様、おはようございます。今日はお早いお目覚めですね」
にっこりと笑いながら入ってきたアドレイン。その姿を見て、暗夜は首を傾げた。
「今日はお休みの日?」
彼は襟元がくたびれたグレーのシャツを着ている。昨日着ていた服とは違う。これは部屋着だろうか。こんなにもくたびれた格好で出歩くなんて、彼は昨日受けた印象よりもだいぶだらしないのだなと思って、暗夜は内心苦笑した。
「いえ、白くない服がこれしかなくて……昨日は流石に、あの場にこの格好で出るわけには行かなかったので、輝夜様に不快な思いをさせてしまいましたが……」
「別に、白い服でもいいよ」
「いえ、良くないです。だらしない格好で申し訳ありませんが、明日までにきちんとした服を用意しますので……」
暗夜の後ろに回り込むアドレイン。首元まである髪を少し上げると、顔のそばを彼の白い手が通る。チョーカーを首に巻かれて、来ることがわかっていた刺激に思いの外驚いた暗夜は背筋を正した。
「ねえ今日の予定は?」
「午後から戦闘訓練の見学です。少し見てから、輝夜様にも訓練に参加していただく予定です」
首の後ろでリボンを結ばれて、手が離れる。
「午前中は何もないの?」
「はい」
きょとんとした顔でうなずく彼に、向き直りながら暗夜が言う。
「じゃあ、服買いに行こうよ。白い服着てきてよ。その格好で行くの嫌じゃない?」
「いえ、私は……」
「僕が嫌だよ。服着てきて」
「はい」
はにかむアドレイン。彼はちらりと暗夜の目を見て、その目を空中に彷徨わせた。
「……あの、服は、もしかして、輝夜様が、選んでくださったりとか……」
もぞもぞと身じろぎしながら、とぎれとぎれの言葉で言われる。――気持ち悪い。おそらく彼は、輝夜に対して、主に対する忠誠や信頼といったものとは違う感情を持っている。恥じらうように薄く染まった頬が、それを物語っている。輝夜はまだ子どもと言えるような歳なのに、若そうには見えるが大人の彼がそういった気持ちを寄せるのは、不気味なことのように思う。
「いいけど……」
息を吐きながら言うと、「ありがとうございます!」彼が弾けるような勢いで顔を上げて、飛びついてきた。
「わっ」
勢いに驚いた暗夜が間抜けな声を上げる。彼の手が暗夜の肩に触れる前に、アドレインははっとした表情をして大げさな動きで離れた。
「すみません、つい」
照れたように頭を掻くアドレイン。彼の耳元で、タグがふらふらと揺れている。暗夜は目を細めて、彼の耳元に顔を寄せる。
「ふぇ、輝夜様……っ」
スベテヲササゲルアルジヘノチュウセイ。タグにはそう書いてある。歳は二五。もう少し見ようと思ったところで、彼の手がタグを掴んで隠した。
彼から離れた暗夜は、彼の目を見て笑った。
「ごめんね。首のところにゴミがついてるかと思って。でも気のせいだったみたい」
「あ、ああ、すみません。勘違いしてしまって……タグは恥ずかしいので」
伏せられた金色の目が床の上を這う。タグを隠す彼の手が解れて、だらりと自然に降ろされる。
――そういえば、輝夜が言っていた。タグに書かれているのは祈りの言葉だけれど、その言葉が性に合わず、タグを見られることを嫌がる者もいると。彼もそうなのだろうか。
「行こうよ。着替えてきて。待ってるから」
「はい」
目を細めてぱたぱたと走り去る彼を見送って、暗夜は深いため息をついた。
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