争いごと

 宣言どおりに、テトラは昼前に輝夜を迎えに来た。装飾過多で重たい派手な服を着た輝夜は大きな馬車に乗せられて、きょろきょろと落ち着きなく周りを眺めている。


 輝夜の右隣にはテトラが座っていて、無言で腕を組んで宙を見ている。彼はなんとなく話しかけがたい空気を醸していて、周りにいるおそらくこの国の兵士たちであろう男達も各々黙っていたり話し込んだりしていて、輝夜がそこに入れるような空気ではなかった。


 この馬車は一体どこに行くのだろうか。もう十分ほど揺られている。そっとテトラの角ばった顎先を見上げるが目は合わない。視線を前方に向けると、前に座っていた男と目が合った。彼の眉間にしわが寄る。目がそらされる。輝夜は静かに、俯いた。


 テトラの長い脚に掛けるように置いていた剣が車内の揺れに合わせて、床に倒れそうになっていることに気がついて、輝夜は剣の柄に触れた。かちゃ。小さな金属音。周囲から聞こえていた声や呼吸音が、消えた。


 テトラ以外の男たちの視線を浴びて、輝夜はきょとんとした顔であたりを見回す。


 テトラを見上げると、今度はテトラと目があった。


「おれ持ってます」


 半ば奪うような勢いでテトラが輝夜の手から剣を取る。居心地が悪くなった輝夜が再びうつむく頃には、周りの男たちは先程のように各々好きな行動を再開していた。


 馬車が停まり、ぞろぞろと男たちが降りていき、車内にはテトラと二人残された。


 顔を上げていいのかわからなくなって、俯いたままの輝夜。その隣で、布が貼られた木製の座席を軋ませて、長身のテトラが腰を上げた。どすっ。結構な勢いで肩に手を置かれて、反射的に輝夜は顔を上げた。


「返します」


 テトラの大きな手から、剣を受け取る。慣れない服にもたつきながら剣帯を付けていると、テトラは先に降りてしまった。


「あぁまって」


 慌てて駆け出す。テトラに置いていかれると、迷子になってしまう。それはとても困る。輝夜は焦っていた。だから、馬車から落ちた。足を滑らせたのではない。もう一歩先まで床があると思って踏み込んだけれど、その先に床がなかったのだ。輝夜の小さな足は宙を踏みつけて、輝夜の身体は、膝丈くらいの高さから地面に向けて、落ちた。


「わあっ」


 幸い輝夜は身軽だった。とっさに、身につけていたひらひらした外套を捕まえて、厚い布越しに地面に手を付き、受け身をとった。体を起こすと、左の後頭部を金属質な何かにぶつけた。間髪入れずに、誰かに髪を掴まれて引かれる。


 むりやり顔を上げさせられた輝夜の視界に写ったのは、昨日輝夜に剣を向けた大男、デオンだった。輝夜と同じような白い服を纏っている。彼は鬼のような形相で輝夜にしわの寄った鼻先を近づけて、輝夜の耳朶に低い声を響かせる。


「アホの畜生が。処刑の前に服を汚すな」


 輝夜は彼をぎっと睨んだけれど、今転んだのは、確かに自分の不注意が原因だ。湧き上がる怒気を飲み込んで、目を伏せた。


「ごめんなさい」


 輝夜が述べた謝罪に対して、デオンは変な反応をした。目を丸くして、刹那の間、硬直。それからはっとしたように目を鋭い形に戻して、輝夜の髪から手を離すと、輝夜の肩を押した。デオンの反応を見てぼんやりとしていた輝夜はそれに対応できずに、かがんだ姿勢のまま、ころんと地面に転がった。


「なんで押すんだ!? 余計汚れたじゃないか!」


 勢い良く立ち上がり、自分よりも高い位置にあるデオンの顔に向けて怒声を上げる。食ってかかろうとする輝夜の肩を、テトラの骨張った手が強く引いて止めた。失速させられた輝夜はよろめいて、テトラの胸に肩をぶつける。


「暗夜様」


 非難するような温度をはらんだ、重たい声色だった。


 輝夜は顎を引いて、テトラの体から離れる。

 上げた矛先をどうしたらいいかわからなくなった輝夜は、目を閉じて歯を噛み締めた。


 大きな手で背中を叩かれる。急なことに驚いた輝夜はのけぞる。連続して背中を叩いてくるテトラの手。それが暴力なのではなく、輝夜の服についた砂を払っているのだと気がついた輝夜は、はっとして自分の体を見下ろした。膝下についた砂を手で払う。


「ごめんね」


「行きましょう」



 午後から処刑をする。その執行は輝夜――勇者がする。そういう話になっていたはずだけれど、輝夜とテトラは椅子も何もない小さな部屋に通されて、そこで長いこと暇をしていた。きっとこれは、処刑の時はいつもこうなのだろう。部屋に放置されているのを不思議がるふうもなく、平然とした様子で壁にもたれているテトラを見れば、それはわかる。

 彼に聞けばこの暇な時間がなんなのか教えて貰えるのだろうけど、その理由を聞くのは、きっとおかしいことだ。部屋のど真ん中で膝を抱えて座っている輝夜は、ため息をついて姿勢を崩した。脚を伸ばして、床に手をついて何もない天井を仰ぐ。


 外からは、何かスポーツの観戦でもやっているような男たちの喚声が聞こえてくる。輝夜も何度か隣国の球技や格闘大会を見に行ったことがあるけれど、その時も似たような熱気のある声が絶えず響いていた。争いごとが嫌いな輝夜にはよくわからなかったけれど、スポーツなどの平和的な争いごとは、ひとびとにとって必要な息抜きになるらしい。隣国の女王はそう言っていた。


 壁の国でも、城下を歩けばボールを蹴って奪い合って、勝ったの負けたのとはしゃいでいる子供を見かける。輝夜はそこに混ぜてもらったことがないからわからないのだけれど、きっと、小規模な争いごとは楽しいのだろう。


 なんとなくゆううつな気持ちで、輝夜はそっとため息をついた。


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