4. 輝夜と罰

テトラはよくわかんないひと

 テトラを傷つけて逃亡した罰として、縛り付けておけと言われた輝夜が連れて行かれたのは、暗夜の自室だった。

 長い鎖のついた首輪をつけられて、鎖の先は粗末なベッドの脚に引っ掛けられている。部屋の中を自由にうろつける長さはある。それにベッドなんか軽いので鎖を外そうと思えばすぐに外せるのだけど、扉は外から鍵が掛けられている。実質輝夜に自由はない。


 しばらくはベッドに座ってぼんやりとしていたが、やがて暇に飽きた輝夜が窓の外を眺めようと窓に嵌められた板を外そうとしているところを昼食を持ってきた甲冑に見つかって、顔をぶん殴られた輝夜はベッドに座ってぶすくれている。ちなみに、食事のパンは床に投げつけて渡された。最低だ。


 今朝は甲冑に囲まれたあと、一切の抵抗をしない輝夜に暴行を加えるのは気が引けたのか、あまり手酷い暴力は受けなかった。しかし、手足が数か所痛む。きっとあざになっているだろう。今さっき殴られて切った唇を撫でて、輝夜はため息をついた。


 光の入らない真っ暗な部屋で、光源はドア横の壁に掛けられて灯る魔導ランタンひとつきり。

 橙色の光がぼんやりとあたりを照らして、ランタンから離れた位置に座る輝夜は、自分の手元すら曖昧にしか見えない。ここは牢獄だ。暗夜の牢獄。暗夜はずっと、この牢獄の中で生きてきた。


 今まで逃げ出すチャンスなんかいくらでもあっただろうに、暗夜はなぜこれまでずっと逃げずに、あのいかれた連中の為に傷だらけになってまで戦っているのだろう。輝夜は天を仰いだ。


「暗夜様」


 突然扉の向こうからテトラの声が飛び込んできて、驚いた輝夜は猫背になっていた背中をまっすぐに伸ばした。


「わっ」


 鍵穴をいじる音がして、開けられた扉からテトラの茶髪が覗く。相変わらず無愛想な彼の表情はよく読めないけれど、なんとなく気まずそうな顔をしているように思える。


 テトラが部屋に入ると、彼が持ってきたランタンで部屋が明るく照らされた。後ろ手で扉を閉めたテトラは、テーブルにランタンを置くと、剣帯につけられたアメジスト色の魔導石を外してランタンに引っ掛けた。


「それすごい明るいね? お昼みたいだ」


 輝夜が何気なく言うと、テトラは眉根をぎゅっと寄せて、変な顔をした。ドアに背を向けたまま雑にランタンを指差して、

「この前、部屋のと変えるかって聞いたらいらねーって言ってたじゃないですか」


「ああ、そうだっけ……ごめん」


 とぼけた声で返す。テトラは気にしたふうもなく、ランタンを持った手を輝夜の方に差し出してくる。


「変えます?」


「いいよ、大丈夫」


 ぶんぶんと手で空を切って返すと、冷たい視線が返ってきた。居心地が悪くなった輝夜はテトラから目を逸らす。


「それで、なんの用?」


 輝夜が問いかけるとテトラはあたりをそろりと見回して、テーブルのそばへ行くと椅子にどかっと腰掛けた。金属製の水筒をテーブルに置いて、ずいっとこちらに押し出してきた。


「怪我、大丈夫ですか?」


 拗ねたような口調でそう言った彼の視線は輝夜と反対側の床に向けられていて、彼の心境を図りかねた輝夜は怪訝な顔をした。


「あざになりそうだけど、でも別に大丈夫だよ」


「そうですか」


 そっけない返事。輝夜はテトラの事が苦手かもしれない。差し出された水筒を受け取って、中身を一口飲む。眉をしかめた。――コーヒーだ。苦い。表情の変化をテトラに気取られないように飲み込んで、そっとテーブルに戻す。視線をテトラの方に向けると、いつの間にか輝夜をまっすぐに捉えていた茶色い瞳。反射的に背筋を伸ばした輝夜に、テトラが低い声を掛けた。


「――あのとき、なんで抵抗しなかったんですか?」


 というのは、昨日のことを指しているのだろう。テトラに怪我を負わせて逃げ出した暗夜が、一晩城に帰らなかった罰を受けた時のことを。輝夜はテーブルの上に視線を這わせて、それからテトラの茶色い瞳に視線を戻した。


「何したって無駄だって思ったんだ。あのひとたち、話が通じないんだもん」


「じゃあなんで最初に暴れたんですか」


 咎めるような口調で言われた。輝夜からデオンに手を出さなければ、きっとこの結果にはなっていなかっただろう。これは輝夜の行動が招いた結果だ、輝夜だってわかっている。唇を尖らせてテトラに答える。


「だって、むかついたんだもん」


「……暗夜様、たまに子供みたいですよね」


 呆れたように笑うテトラ。椅子に座ったまま彼が天を仰ぐと、彼の長身に対しては少しばかり小さな椅子の背がきしっと悲鳴を上げた。


「どういう意味?」


「いえ、別に。……おれはあなたを助けてあげられませんけど、でも、心配はしてるんです。あんまり変なことして余計な怪我しないでください」


「……」


 輝夜は何も言わなかった。テトラは案外、悪いやつじゃないのかもしれない。


 輝夜が何も言わないままでいると、テトラがちらりと茶色い瞳をこちらに向けてきた。首を傾げる輝夜。


「あの、ちゃんと飯食えました?」


 テトラがポケットを探って、布で包まれた何かをテーブルの上に置いた。


 輝夜が布を広げると、布の中にはチーズが二切れと、干した葡萄が一つかみ。


「わ、ありがとう」


 テトラはいつも通りに無愛想な顔で頷くと、椅子から立ち上がった。


「また来ます」

 そう言って、部屋を後にした。


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