第3話

 風が冷たくなってくる夕暮れ時。

 僕は重い鎖帷子で凝りまくった肩を回し、大きく伸びをした。

 魔物が多い闇の森の畔にあるエンバーの街は、高い外壁に囲まれている。その壁と外界を繋ぐ大門を守るのが、兵士である僕の役目。

 夜になると魔物の動きが活発になる。そろそろ大門を閉じねばと思っていると、

「よう、レイエス」

 聞き知った声が耳に飛び込んできた。

「やあ、コウ。おかえり」

 僕は手順通り通行証を確認しつつ、街の住人である友人を招き入れる。

 フリーの傭兵である彼は、朝から仕事の為に街の外に出ていたのだ。

「今日はどんな依頼だったの?」

「農場を荒らす害獣の駆除。報酬は現物支給だ」

 銀のブレストアーマーを着込んだコウは、肩に担いでいた麻袋の口を開いた。中から現れたのは、彼よりも重量がありそうな黒牙猪!

「わあ、大物だね!」

「血抜きだけしてきた。明日、解体屋に持っていく」

 黒牙猪は肉は美味いし、皮や内臓も素材として価値がある。牙に至ってはレアアイテムとして高額取引されるほどだ。……但し、皮が硬すぎる割に内臓は脆く崩れやすく、素人が容易に解体できないのが難点だが。

「やったね。明日はコウの奢りだ!」

「飲み代が出るかは解体屋の手数料次第だな」

 はしゃぐ僕に、コウは淡々と返す。まったく、クールなんだから。

「じゃあ、またな」

「うん、またね」

 よろけもせずに魔獣を担ぐ友人の後ろ姿を、僕は手を振って見送った。


◆ ◇ ◆ ◇


 翌日、いつもの酒場で林檎酒をちびちびやっていると、当たり前のように隣にコウが座ってきた。

「おつかれ」

「ん」

 店主にグラスをもう一つ頼んで、林檎酒のボトルを分け合う。

 コウはグラスを呷ると、ふうっと息を吐き出した。

「昨日の黒牙猪だが」

「うん」

「鴉につつかれないよう納屋に入れておいたのだが……」

 神妙な面持ちの彼に、僕は青くなる。

「まさか、盗まれたの!?」

 黒牙猪は価値が高い。最悪の事態を想定して先走る僕に、コウは「いいや」と首を振る。

「獲物は無事だった。ただ、朝見たら……」

 コウは怪訝そうに声を潜め、

「解体されてた」

「……は?」

 言葉の意味を飲み込むのに、数秒掛かった。

「カイタイサレテタ?」

「そうだ」

 コウは頷く。

「皮も肉も内臓も骨も牙も、部位ごとに綺麗に分けられていた。素人目に見ても、見事な仕事ぶりだった」

「えぇ? 一体、誰がそんなことを?」

 困惑する僕に、彼は頬杖をついて冷静に、

「多分、猫だと思う」

 そんな馬鹿な。

 いやでも、コウは冗談言う奴じゃないし……。

「そ、それで? コウはどうしたの?」

 猫を捕まえて問い質したの?

 僕はそう訊いたつもりだったんだけど。返ってきた答えは、

「とりあえず、猪を売りに行った」

「へ?」

「その金で今、呑んでる」

「……」

 状況に適応しすぎだろ、コウ!!

 ボトルをラッパ飲みし始めたコウの隣で、僕は破裂しそうな頭を抱えて突っ伏した。

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