透明人間になって最初にすること

@niha288

【短編】ある男の場合

【透明人間になって最初にすること】


ある朝。

いつものように顔を洗いにシンクへ向かった時のこと。


鏡を見ると、パジャマだけが浮いていた。


「は!?」


思わず素っ頓狂な声が出る。

正面、横顔、振り向き。

どこからどう見ても、俺の顔、手のひらが……無い。

まるでトリックアートのように。

首元や手元から、パジャマの裏側の布地が覗いている。


「透明人間……?」


に、なってしまったのだろうか。

俺は、パジャマと下着を乱暴に脱ぎ捨て、もう一度姿を確認する。


何も無い。


今度は直接、自分の身体に視線をめぐらせる


何も、無い。

自分がこの世から消えてしまったかのような恐怖が、鎌首をもたげる。

と同時に持ち上がるもう1つの感情。


─────今の俺なら、やりたいこと、やり放題なんじゃね?


それは正に、天啓だった。

俺はすぐさま、なりふり構わず近くのスーパー銭湯に走る。

当然女湯。

目もくれず女湯。

健康のため、毎日のランニングだけは欠かさなかった俺の下半身の筋肉が、全力で鬨の咆哮を上げる。

ついでに“その中央”にも、無尽蔵の血流があつまっていく。


数分と足らずに到着。

息を整え、姿勢を伸ばし、俺は自動ドア向かって歩み寄り─────


ゴツン、とおでこを打った。

そのすぐ横にある張り紙。


『営業時間は11:00~23:00です』


の文字。


過剰な程に駆け巡っていた脳内物質が一気に冷却されていく。

確か、家を出たのは、8時ぐらいだったはず。


「あと3時間……」


この“ラッキー状態”が、いつまで続くかなんて、勿論わからない。

このまま待つことだけは、タイパとリスクマネージメントを鑑みた時、到底許すことはできない選択肢だ。


ならどうするか……。


俺は、ふと思い立ち、来た道を引き返す。

そうだ。

こんな商業施設に行くよりも、もっと良いトコロがあるじゃないか。


次の目的地は─────“女学院”だ。


意気揚々。

抑えきれない高揚感が、俺の足元を軽くする。

平日の朝。

人気の全くない大通り。

その“異様さ”に気付くこともなく……。


俺は、ゆっくりと歩き出した。

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