11. Revenge Ogre

 柘榴神社の歴史は江戸時代の中後期まで遡るらしいの。ただ、それまでも同じ場所に神社はあったけれど名前も違っていたし、祀っていたのもいたって普通の神様だったようね。たとえば豊受大御神トヨウケノオオカミのようなな豊穣神とか。まあ、それはこの際どうでもいいの。今は関係ない話。


 その頃、この辺り一帯は今と同じように黒森とか黒森村と呼ばれていてね。江戸や大阪といった大都市の近郊でもなく街道沿いの宿場町でもなかったからそれほど栄えてはいなかったみたいだけど、土壌はそこそこ肥沃で洪水などの災害も少なく、慎ましくも平和で安定した生活を送れる土地だったようね。


 ところで『天明の大飢饉 』については社会科の授業で習ったかしら。1782年から1788年にかけて発生した全国での餓死者は三十万から五十万とも云われてる江戸三大飢饉のひとつだけれど、この地方でも被害は甚大だったみたい。何年も続いた大凶作によって米の備蓄は潰え、非常用の雑穀やサツマイモもなくなり、民の食糧は枯渇して松の皮まで煮て食べたという古文書の記録があるわ。


 今から話すのはその当時、黒森で起こったある事件にまつわる伝承なの。とはいえ正式な記録や文書はないからどこまで本当の話なのかは分からない。でも柘榴神社の神主を司る者には代々、この説話が口頭で伝えられているらしくてね。しかも宮司以外の人間には絶対に口外してはならないという誓約まであるぐらいだから私は全く信憑性のない言い伝えというわけでもないと思ってる。ただし信じるかどうかはあなた次第。そのつもりで聞いて欲しい。


 梶川先生はそこで一旦、居住まいを正すとそれまでよりも少し声を張り、思いがけず丁寧な口調で昔語りを始めた。


 

 村外れの小さな荒屋に小作人の一家が住んでいました。朔兵衛という名の寡黙で働き者の男がその家の主で、妻は雪といってハッとするほど器量の良い女性でした。彼らは幼い二人の娘、楓と桜とともに貧しいながらも仲睦まじく暮らしていました。

 朔兵衛の家系はもともと土地持ちの本百姓だったけれど、何代か前に咎人を出してしまい罰として土地を没収されてから水呑百姓に身分を落とされ、さらに住む場所も村外れに追いやられてしまっていました。なので村八分とまではいいませんが、他の村人との付き合いは浅く、肩身の狭い思いをしながら暮らしていました。また朔兵衛の両親はすでに亡く、雪もまた隣村の貧しい農家の末娘で口減らし同然に朔兵衛のもとに嫁いできていたので暮らしに困っても実家を頼ることはできなかったようです。


 飢饉が起こりました。しかも大凶作が何年も続く未曾有の飢饉でした。


 朔兵衛はしがない小作人ですからもともと米の禄などわずかしかなく、主食としていた麦、粟、稗といった雑穀も潰え、非常時の頼みの綱だったサツマイモも不作でとうとう一切の食糧がなくなってしまいました。地主や庄屋に助けを求めても、朔兵衛一家は罪人同然の扱いをされていたせいもあって無碍にされるばかりで麦粒一つ援助してもらえません。

 夫婦は途方に暮れたものの、どうにかして楓と桜だけは飢えさせたくないとその一心で苦境に立ち向かいました。朔兵衛は毎日、野山に分け入って食糧になりそうなものを片っ端から採ってきました。けれどそれは他の村人も同様に飢えていたので近場の里山にある木の実や山野草などには手を付けることを許されず、だから朔兵衛は危険を承知で彼らが入っていかない、それこそ獣道さえない山奥や川の上流にまで足を伸ばさなければなりませんでした。

 雪もまたなけなしの自分の着物を崩して作った手縫いものを遠くのまちまで売りに行ったり、村の寺で施粥をしていると聞けば、それを求めて早朝から長蛇の列に並んだりしました。

 そうして自分たちは食うや食わず、娘たちの腹に入る物だけをなんとか手に入れながら辛うじて生きていく日々を過ごしていた矢先、村をさらなる凶事が襲います。


 赤痢という疫病の発生です。


 赤痢は出血を伴う細菌性の大腸疾患で当時は有効な治療法もなく発生すれば多くの死者を出しました。しかも飢餓によって体力が低下している人たちばかりでしたから、伝染病に対する抵抗力もなくなっていて結果、多くの村人が亡くなったようです。ただ朔兵衛の一家は村とは隔絶されていたことが幸いしたのか疫病に罹ることはありませんでした。ですがその代わり村との付き合いはさらに希薄になりました。

 村人の中には朔兵衛一家が赤痢に罹らなかったことを不審がり、病を広めたのは朔兵衛ではないかなどと根も葉もないでたらめを口にする者までいたという話です。そして実はそれがこの後の悲劇に繋がってしまうのです。

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