花天月地【第85話 光射し込む道】

七海ポルカ

第1話



 この数日は部屋から出ることもなく、目を閉じて坐禅を組んでいた。


 最初は目を閉じ、何も考えないようにしても様々なことが脳裏に過って来て、無心になどなれなかった。

 浮かんで来る思いや考えを否定しないことにした。

 浮かんで来ることに関してはとことん考え、自分なりにもうこのことについては考え抜いて、これ以上の思いは出てこないという所まで行き着くと、それ以上は考えないようにして行く。


 そうすると段々と考えるべきことが無くなって来て、

 三日もすると、心が落ち着いて来て無心になれるようになった。


 元より、龐徳ほうとくには考えるべきことがさほど無かったのだ。


 涼州騎馬隊には属していたが長ではなく、

 生来天涯孤独だったので考えるべき親類のこともなかった。


 妻と娘が、韓遂かんすいが領主であった金城きんじょうの城下に住んでいたが、金城が襲われた時に二人とも逃げられず、死んでいる。

 父であり、夫だったが、

 すでにその役目も終わった。


 一族の長でもなく、

 涼州騎馬隊の長でもない。


 自分一人の身を思えば、本当に考えなければいけないことなど数えるほどもないのだ。


 龐徳は考えた。


 南に去った涼州騎馬隊のことと、

 彼らと袂を別った今、

 自分という人間がこれから生きて行くか、どうか。

 その二つのことだけを考え続けた。


 張遼ちょうりょうは一度目覚めたがその後再び眠りについたらしく、

 次に張遼が目覚めた時は一番に貴方と話す機会を設ける、と賈詡かくが約束をしてくれた。

 今は呼びに来るのを待っているが、

 それまでに考えを固めて、心も落ち着かせて置きたかった。


 張文遠ちょうぶんえん


 実際に剣を合わせたことはないが魏軍の名高い武将だったので、勿論名や噂は知っている。戦歴もだ。


 涼州には賈詡や司馬懿しばい曹操そうそうなどは何度も軍を率いてやって来ているが、張遼は今回が初めてだった。

 魏軍の中でも特に、と表現していい、

 武人のかがみであると龐徳も聞いている。


 剛勇は言うに及ばないが、呂布りょふ麾下きかだった張遼は、誰であろうと斬って来た呂布とは異なり、槍を振るう時に相手を見るのだという。


 圧倒出来る相手にはわざわざ槍を突き刺したりせず、薙ぎ飛ばすだけにするし、

 悪戯に槍を数で打ち合わせたりはせず、その人間に見合った手数で仕留めると聞いた。


 一撃で仕留めることもあれば、

 力ある相手ならばとことん打ち合うことも厭わない。


 相手によって張遼は戦い方も変えて来る。

 

 決して力の剛直だけで挑んで来る武将ではない。



 ――何度も思い出す。



 お互い駆け出した時は、張遼も確かに槍を構えていたのだ。

 戦気も感じた。

 一番最初は、槍を振るうつもりだったのではないかと思う。

 それが一瞬で、戦気が霧散した。

 はっきりと槍の先を、龐徳から身を捩るようにして外したのが見えた。

 その余計な、予期せぬ動きで完全に開いた脇腹に、龐徳の剣が決まった。



 何故、張遼は自分の刃を受けたのか。



 自分の考えが落ち着くとそのことだけをずっと考えていた。


 

「龐徳将軍」



 呼ばれて目を開く。

 部屋の入り口を見ると賈詡がいた。


「張遼将軍が目覚められたそうだ。

 貴方の話をしたら、会うと言っている」


「かたじけない」


 龐徳はゆっくりと立ち上がり、窓の外を見た。



 ……静かに雪が舞っていた。



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